錫を原料に作られたグラスやジョカ、花瓶などで知られる鹿児島の伝統工芸品、薩摩錫器の工房「大辻朝日堂」。薩摩錫器の正統な技術を継承する、国内で唯一の工房として知られている「大辻朝日堂」の主人・大辻賢一さんは、「薩摩錫器の歴史は、江戸中期の書物に出てくるのが最古のモノだと言われているんです。島津のお殿様の愛用品として用いられて来た為に、一般に知れ渡ったのは、明治以降だと言われています。」と教えてくれた。そんな大辻さんは、40歳になるまで最先端技術に囲まれた自動車の工場で働いていたそうだが、この薩摩錫器の仕事を始めてからは、日に日にその魅力に取り付かれていったと言う。「最初は、いわゆる家内制手工業の全く理論的でない、もう勘だけの世界を見て笑ってしまったんです。でも、仕事をする内に、その勘の中には生活の知恵的な技術が一杯ある事に気付いたんですよ。それから、これは面白いという風に変わって来たんですよ。実際、家内制手工業という所には、そういう技術が一杯ある訳ですよ。私にとっては全く新しい事で、感激だったんですね」。長い歴史の中で職人の手によって培われた技術には、やはり理由がある。それにハッと気付いた時、モノ作りのロマンを感じ、人はその虜になる。それからの大辻さんは、薩摩錫器の製作に全ての情熱を傾け、金属に手堀りで装飾を施すという、世界初の技術を生み出したそうだ。「伝統あるものでも、その伝統に縛られているだけでは駄目なんですよね。伝統の中からも新しい技術は生まれて来るんです」。そんな大辻さんだが、新しい薩摩錫器を作るのは、決して自分ではないと言う。「伝統工芸品でも商品である以上、やはり作るのはお客様の声なんです。新しい技術というのは、こういうものが欲しいあんなものは出来ないのかって言う、お客様のニーズだと思うんですよね」。今、薩摩錫器は、大阪から伝わった技術の流れを汲んだ、大量生産型の製品が多くを占めると言う。しかし、大辻さんは、そんな時代だからこそ、お客様一人一人の声に耳を傾け、唯一無比の薩摩錫器を製作している。「結局、勝負するのは商品なんですよ。だったら、どこにも負けない商品を作ろうと。単純な発想です」。その単純だが、大辻さんの強い想いが込められた「大辻朝日堂」の薩摩錫器は、本物の鹿児島の伝統工芸品であった。
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