唐津市の閑静な山間で、手作りの本格石窯で天然酵母パンを焼く『我楽房(がらくぼう)』の藤田幹敏さん。安心、安全な素材を材料に、自然石の余熱だけでふっくらと焼かれた大きなパンは、噛めば噛むほど小麦粉の旨みが口一杯に広がる逸品として、全国の人々から支持されている。
「我楽房は我(われ)楽しむという願いを込めてつけた屋号なんですよ。しかし、自分だけでなく、人も楽しませる、感動させる為には、苦労が必要なんですけどね」。通称、我楽さんと呼ばれる藤田さんは、大学卒業後、一度は企業に就職したものの、すぐに退社し、単身アメリカへ。その後、世界中を放浪する中で、様々な経験を積み、現在の地で自給自足の生活にたどり着いたという。
「昭和52年に故郷に戻り、その後、解体業の仕事をしていたのですが、そこで出るレンガの廃材で何か作れないかと考え、石窯を作ったんですよ。そして、その石窯で焼物を始めたのですが、同時にパンも焼いてみようと思ったんですよね」。陶芸家として唯一無二のデザインの焼物を焼く傍ら、家族に美味しいパンを食べさせたいと、自らパンを焼き始めた藤田さん。その発想は様々な国の文化に触れる中で培われモノだという。
「例えばヨーロッパでは村人たちが集まってカンパーニュなんかを焼いている。そして、インドでは家庭でチャパティなんかが焼かれているんですよ。その姿を見た時に、何もパンはパン屋さんだけが焼くモノではなく、日本のご飯と同じで、それぞれの家庭で焼いてもイイじゃないかと思ったんですよ」。そうしてパンを焼き始めた藤田さんだが、そのパンはどれも規格外の大きさで、中には5キロ以上のパンもあるという。
「私は小さいのをたくさん作るが嫌いなんですよ。大きいのを作るのが好きなんですよね。それにはちゃんと理由があって、大きいパンの方が小さいパンより美味いんです。例えばお寿司屋さんなどはシャリを最低でも二升とか三升とか炊きますよね。それはたくさん炊いた方が美味しいお米を炊けるからなんですよ。そして、大きいパンを焼くのならやはり遠赤外線でないと中まで火が通りませんから、それで石窯が必要となるんです」。そのパンは、一番身近な家族の健康を考え、美味しく頬張る家族の笑顔を想像した結果、生まれたモノ。そんな藤田さんの焼く1個1個のパンは、今や家族の先にいる、全国各地の多くの人々をも笑顔にさせていた。
「私の焼くパンは大きいですから、お客さんが買うパンは常に1個か2個なんですよね。ですから私は例え100個焼いても、お客さんが手に取る1個を大事に焼くように心がけています。そうすると妥協なんてできないですよね。これくらいでイイなんてことは、まずないです」。添加物は一切使用せず、パンの中に入っているハーブや野菜などもすべてスタッフが育てたモノを使用するなど、あくまでも目の届く範囲の素材にこだわり、妥協なき姿勢でパンを焼き続ける藤田さん。そのパンは、安心、安全で、本当に美味しいモノを食べさせたいと願う、藤田さんの客への想いが隠し味となっていた。
「モノ作りは本当にキツイ仕事なんですよ。なぜなら壁を越えたと思えば、またその先に壁がある、終りのない仕事ですからね。しかし、そういうところが自分を成長させてくれる、育ててくれるんですよ。ですから悔しいけど、モノ作りの仕事はイヤだけど、本当に大好きなんです」。そのパンや焼物はもちろん、石窯、工房のあるログハウス、そして、その横に広がる美しい庭園まで、何からなにまで手作りする藤田さん。そんなモノ作りの世界に魅せられた藤田さんの歩む道は、まさに藤田さん自身が語るように「その前には道がなく、歩んできた後ろのみに道が出来る」と呼べた。
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