今から約340年前、ペルシャからシルクロードを経て、中国、そして、現在の佐賀県に伝わったとされる、日本で最も古い絨毯、鍋島緞通の技術を今に受け継ぐ唯一の工房「鍋島緞通 吉島家」の織師、古川明美さん。鍋島緞通は、昔ながらの堅型織機を使い、経糸、緯糸、織込糸ともに上質の木綿糸を用いて編む、高温多湿の日本の気候風土にふさわしい敷物。代表的な図柄は、大輪の牡丹の花が咲いた様を、蟹がハサミを振り上げた姿に見立てて名付けられた「蟹牡丹」。色合いは、藍、茶、緑の濃淡に、紅、黄土色など鮮やかな色を組み合わせた色使いが好まれる。古川さんは、女性ばかりの現場の責任者として、伝統技法を守りながら、今もモダンで温もりのある鍋島緞通を織り成している。「鍋島緞通は、糸を叩いて締めながら織っていくのですが、その糸を叩く力の加減が一番難しいところなんですよね。その加減は、自分の手が道具のように感じられるまで、一枚一枚、経験を積み重ねて体で覚えていくしかないんですよね」。そんな道具と化した古川さんたち職人の手には、緞通職人ならでは特徴が表れている。「いまテーピングをしているのですが、人に手を見せることが出来ないくらいタコが出来るんですね。そして、そのタコは少しの休みくらいでは、全然なくならないんですよ。やはり女性は、いつまでも綺麗な手でいたいものですからね。でも、この手を見ると、何故か今日も頑張らなくっちゃという気になるんです」。女性らしく綺麗な手でいたいという想いとは裏腹に、そのタコが古川さんたち職人の心を鼓舞し、誇らしげな気持ちにさせる…。何故ならそのタコは、真摯に鍋島緞通の技を磨き、手が仕事を覚えた代償として刻まれた職人としての証だから。そんなグルグルとテーピングされた古川さんの手は、この先、さらに何百年も後世に受け継がれるであろう伝統の技を極めた職人の手...そのものといえる迫力がある。「基本的な技術は、この340年間変わっていませんので、今日より明日、また、今の1枚より次の1枚が良いモノとなるように。そして、後は一人でも多くの方に鍋島段通を知って頂いて、お買い求め頂いて、家族の一員に加えて頂くっていうのが、やはり一番の目標ですね。そして、出来れば何百年後かに『あ〜コレ良い仕事されてる』って言われるような鍋島緞通を織り上げたいですね。その時に、空の上から『それ、私が織ったのよ〜』と言いたいですね。伝統のある鍋島緞通の織師として仕事をしている以上、やはり、自分の生きた証として、そういう風に後世に残される鍋島緞通を織り上げたいと思います」。
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