日本で唯一、櫨(はぜのき)の果実から抽出、精製される木蝋(もくろう)を製造する『荒木製蝋合資会社』の七代目、荒木眞治さん。海外では『ジャパンワックス』と呼ばれ注目されている木蝋を、荒木さんの会社では嘉永3年(1803年)から製造。そんな木蝋は一般的な石油系のパラフィン蝋と違い、食べても害のない植物性脂肪という安全性から、化粧品、医療品、文房具、そして大相撲力士の髷を結う鬢付け油や、舞妓さんの白粉下地などの原料としても使われているという。
「もともと様々な製品の原料となる木蝋を卸す仕事がメインでしたが、木蝋の魅力を広く知ってもらおうと約20年前から『和ろうそく』の製造を始めました。近年は大豆から作ったソイワックス、お米の糠を使った糠蝋(ぬかろう)、蜂の巣から取り出した蜜蝋(みつろう)なども『和ろうそく』と呼ばれていますが、本来は櫨の果実を原料とする木蝋こそが唯一の『和ろうそく』なんですよ。そんな櫨の果実を原料とする木蝋は、不純物を一切含まない為、火を灯しても煙やススが出ることがありません。ですから殆どの国宝級の神社や寺院では、木蝋を使用しています。また独特の炎のゆらぎによって、襖や屏風などに描かれた虎の目が動いているように見えるなど、木蝋は昔から日本人に癒しや安らぎを与えてきたんですよね」。
そんな木蝋の原料となる櫨だが、安価な石油系のパラフィン蝋が主流となった近年は急激に減少。荒木さんはこれまでに5000本以上の櫨を植樹するなど、その保護活動にも尽力してきたという。
「櫨は60年〜70年も育てないと、その果実を取ることができません。ですから私は農家が3割、販売店が3割、そして私たちが3割と平等に儲けることができるようにと、できるだけキチンとした値段で、少量でもすべての原料を買い取るようにしています。農家の方を守らなければ、櫨が簡単に切れられてしまい、伝統ある木蝋の文化を守ることができませんからね」。そんな荒木さんは講演活動や、子どもたちを対象にした和ろうそくづくり体験などにも積極に取り組み、木蝋の魅力を多くの人々に伝えているという。
「今は櫨を見ることも少なくなりましたよね。それと特にお年寄りの方は櫨の漆を触るとかぶれるといって敬遠するんですよね。そんな時に、いつもお話させて頂くのは、櫨も私たちと同じ生き物としてみて下さいと。すべての植物も動物も子孫を残したいという気持ちがありますよね。櫨が春に花を咲かせるのは自分の子孫を残そうという行為なんですよ。そこで悪戯に枝を折ったり花を取ったりされると子孫を残すことができませんから、櫨は防衛本能として漆を出している訳です。ですからその時期は櫨に近づいてはいけませんよと。その代わり秋になると真っ赤に紅葉をして、春に迷惑をかけた分、私たちの目を楽しませてくれますよね。そういう風に考えれば櫨の気持ちが分かって、大事にしてくれるのではないかと信じているんですよ」。日本が世界に誇る木蝋の文化の火を絶やさないように、これからもまず櫨のことを第一に考え、そこから広がる様々な可能性にチャレンジしていきたいという荒木さん。その想いは多くの人々を巻き込みながら、木蝋の未来を明るく、ゆらめくことなく照らしていた。
「まず原料が豊富にないことには、次の製品といった新たな可能性を探ることもできません。ですから一番はいかに原料を増やしていくかということですね。その上で、これまで誰も見たことがないような、お客様が喜んでくれる製品を作っていきたいと思っています」。
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