様々な色ガラスを何層にも重ね合わせてつくる福岡のガラス工芸品『マルティグラス』を製造する『有限会社 マルティグラス』の工場長、杉岡良紀さん。『マルティグラス』とは『マルティプレイヤーグラス(多重積層のガラス)』の愛称で、約100年の歴史を有する杉岡さんの会社の製品を総称する名前として広く知られている。
「私たちの会社は現在の直方市で1919年に『中島硝子製造所』として設立されたのですが、その後、何度かの社名変更を経ながら1999年に工場を閉鎖し、創業80年の歴史に幕を閉じてしまいました。しかし翌年には元従業員たちが中心となって福津市に新たな会社を立ち上げ、間もなく創業100年を迎える『マルティグラス』の伝統と技術を今に受け継いでいます」。杉岡さんは18歳で現在の会社の前身である『福岡特殊硝子株式会社』に入社。以来34年以上、伝統的技法を駆使した高度な造形物をつくる一方、革新的な作品づくりにも意欲的にチャレンジ。『九州クラフト展』、『西部工芸展』、『福岡美術展』などで数々の入賞を果たす。
「ガラス工芸品の製造は、やり直しのきかない一発勝負の世界ですから、何度も何度も失敗を繰り返しながら頭ではなく体で技術を覚えていくしかないんですよね。色ガラスを捻って松笠模様を生み出したり、青と茶色の色ガラスを重ね合わせ高級感のある色を生み出したりと、毎日変化する気温や湿度などを読みながら、今も様々な新しい表現に取り組んでいます。そうして失敗を糧に生まれた私の作品が店頭に並んだ時に、『あ〜これは杉岡さんの作品だね』と、お客様から言ってもらえれば本当に嬉しいですよね」。1400℃もの高温で溶かした色ガラスを幾重にも重ね、引っ張り、捻る。そんな動きを何度も繰り返す中で体が覚えた絶対的な感覚を頼りに、美しい曲線と華やかな色彩が特徴の様々な作品を生み出している杉岡さん。そんな杉岡さんを始めとする『有限会社 マルティグラス』の職人たちは、今ひとつの目標に向かって、日々、灼熱の工房で奮闘しているという。
「現在、『マルティグラス』は福岡県の特産工芸品に指定されているのですが、私たちはこれが伝統工芸品に指定されるように頑張っているんですよ。伝統工芸品に指定される条件のひとつに100年の歴史というのがあるのですが、伝統と革新を融合させることによって、お客様に長く愛され続け、いつの日か『マルティグラス』が伝統工芸品に指定されると信じています」。そんな杉岡さんは日用品としての器から、贈答品や記念品などに用いられるオーナメントまで、オールラウンドに通用する技術を有し、次世代の『マルティグラス』を担うガラス職人として注目されている。
「ショールームにずっと同じ作品を置いていたら、お客様も『また同じモノか』と飽きますよね。そうするとお客様が離れていきますので、昔からの伝統は当然守っていくのですが、その上で今の時代に合ったモノをつくることも私たちの使命だと思っています。私たちの会社では干支の動物をモチーフにしたオーナメントも制作しているのですが、12年前とまったく同じモノを作ってもダメなんですよ。しかし例えば今年の干支である猿の姿が12年間で極端に変化する訳はありませんので、少しずつ色や形を変化させて新しいモノをつくっていくと。そこが一番難しいところですよね」。約100年前に誕生し、1939年のパリ万博博覧会で、日本の硝子としては初の金牌(グランプリ)を受賞したという『マルティグラス』。その伝統は今を生きる杉岡さんたちの手に受け継がれ、これからも時代に寄り添いながら進化し続ける。
「私はどちらかというと不器用な方だと思いますので、これから先もこれで終わりというのはありません。現役でいる限り自分なりに研鑽を重ねていかなくてはならないと。それはどの世界の職人も皆、同じ気持ちだと思いますけどね」。今後は周囲の人々の力を借りながら、自らの個展を開くことが夢だと語る杉岡さん。その座右の銘は、そんな誰よりも人と人との繋がりを大事にする杉岡さんの人柄を表したかのような『親しき中にも礼儀あり』という言葉だった。
| 前のページ |