在来種のニホンミツバチのみが生息する唯一の島と言われる対馬で、濃縮・熟成された天然蜂蜜を生産する養蜂家、扇米稔さん。「ミツバチが可愛いんですよ。ミツバチを好きになれないのなら、この仕事に向いていませんからね。ミツバチが襲ってきたら石になればいい、ただそれだけです」。文献によると対馬では、ニホンミツバチを6世紀頃から飼育しているとされ、現在も約2000人の農林業者などが自家用や観光客への販売用に飼育しているという。「対馬の人間は『なんでも屋』というのか、農業もすれば漁業もします。私自身も電気工事の業務から漁業に椎茸栽培まで何でもしてきました。それは、この対馬には豊かな自然があるからこそ成せる業なんですよね。ですから、現在の養蜂も『そこに山があり、ニホンミツバチがいるから』という理由で始めたに過ぎません」。そうして、多くの地元の人たちの手によって採取される対馬の蜂蜜は、年に1度、暑い夏を越えた秋にのみに採取される為、ゆっくりと熟成されたコクのある濃厚な甘味が特徴で、島の外には滅多に出回らず、『幻の蜂蜜』と言われているという。「対馬の養蜂は、木の幹をくり抜いたり、板を組み立てたりして『蜂洞(はちどう)』と呼ばれる巣箱を作り、空洞に自由に営巣させる伝統的な方式が特徴なんですが、私はそれだけではなく、人間がより扱いやすいようにと、大学の先生とも協力しながら、重箱式の巣箱を使うなどしています」。それは、ただ先人たちの知恵に頼るだけではない、現代を生きる人間の知恵。「ミツバチは自分たちで勝手に生活をして、勝手に蜜を集めてきてくれます。ですが、より効率を求めるのであれば、やはり、ちょっとした人間の手助けが必要なんですよね。蜂ではやれないことを人間が手助けすることで、蜂はより美味しい蜜を届けてくれる訳ですからね。ですから、のんべんだらりと蜂を飼っているだけではダメです。人間は蜂より賢い訳ですから、感謝の気持ちを持って、賢い人間が蜂をサポートすることが大事だと思っています。ただし、中にはもう『俺の養蜂はこうだ』と決めて動かない方もいます。それでは、マズイですよね」。対馬の自然の恵みに感謝しつつ、自らも立ち止まらずに進化することを忘れない扇さん。その一切の妥協を許さない養蜂に対する姿勢は、蜂蜜のそれのように甘くはない。「もちろん伝統的な飼い方も大事です。しかし、やはり進化もしないといけません。研究心を持って蜂を飼う。その研究心は養蜂家にとって、忘れてはならないことだと思っています」。
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