直方市の静かな山間で『木工芸 河匠』を主宰する木工芸家、河野行宏さん。優美な曲線を引き出すろくろの技と、漆を染み込ませて磨き上げる拭き漆の技を駆使して、自然の木目を生かした光沢のある美しい漆器を制作。平成12年の西部伝統工芸展で大賞に輝くなど、拭き漆工芸のトップランナーとして走り続ける。
「もともと木が異常に好きなんですよ。ですから良い材料を手に入れた時は、本当に元気になるんですよね」。昭和37年に直方市に生まれ、高校卒業後に脱サラした父に誘われて木工を始めたという河野さん。故に現在の技術は、ほぼ独学で習得したという。
「師がいませんでしたので、自分の思う通りにやって来られたことが、逆にプラスに働いたのかもしれませんね」。河野さんが制作する漆器は、約30もの工程を経て生まれるそうだが、これは通常の漆器制作では考えられないことだという。
「長年使って良さが出てくるモノが工芸だと思うんですよ。ですから10年、20年とお客様に可愛がってもらえるような漆器をつくらなければ意味がありません。そうすると例えば茶器や椀であれば、途中の工程で熱湯に入れてみるなど、そのモノが使われるであろう環境を予め体験させて強くするといった具合に、様々な工程が増えていくんですよね」。そんな河野さんは、人を感動させる何かは技術だけでは生まれないという。
「私が人の何倍も手間暇をかけて漆器を制作する理由は、人を感動させたり、喜ばせたりする為には、技術も必要ですが、それ以上に自分の想いが大事だと信じているからなんですよ。ただ技術が高いだけの作品に接しても、人は『上手いな〜』と思うだけのことで、感動はしないと思うんですよね。やはり思わず『うわ〜』という声が上がるようなモノは、『ここまでやるなんて、バカじゃないの?』と思われるぐらいの工程の先にあると思うんです。人間は損得を考えますから、なかなかバカになれませんが、本来はそんなバカげたことに魅了される生き物ですよね。何しろ一歩足を踏み外せば死んでしまうような、過酷な環境の雪山に登る人がいるぐらいですからね」。人の心を動かす何かは、人の心で生み出される。しかし、そんな心だけではなく卓越した技術も兼ね備える河野さんに、本物のプロの姿を見た。
「その反面、効率良く仕事をすることも大事です。私はこの仕事を趣味ではなく生業としていますので、どうしたらもっと早く、美しく漆器を仕上げることができるのかということは、常に研究しています」。そんな河野さんは、漆器制作で一番難しいのは、木目の出方を予測することだという。
「特に樹齢何百年という銘木になると、表面に見える木目だけを頼りに削ってもうまくいきません。削って現れた木目に合わせてデザインを変更するなど、その木の美しさや魅力を最大限まで生かす為に、自分の欲求ばかりを木に求めるのではなく、木と丁寧に対話を重ねることが大事だと思っています」。若い頃に死を覚悟させる程の大病を患い、30歳になった時に毎年、日本伝統工芸展に出品し、60歳まで30回の入選を果たすという目標を立てて頑張ってきたという河野さん。現在54歳、1度だけ選から漏れた年があるそうだが、それでも24回もの入選を果たすなど、「若い頃に辛い経験をしたからこそ、数々の工芸展で認められるような仕事ができるようになった」と微笑む河野さんの座右の銘は、『人間万事塞翁が馬(幸福や不幸は予想のしようのない事の例え)』という故事だった。
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