ユネスコの『エコパーク』に認定された日本最大規模の照葉樹林を誇る綾町で、『ラナンキュラス』『ミニカーネーション』『ダイヤモンドリリー(ネリネ)』などの花卉の育種、切り花、鉢植えなどの生産、また各種植物の組織培養などを手がける『綾園芸』の草野修一さん。千葉大学園芸学部を卒業後、神奈川県で鉢植え生産に取り組んでいたが、宮崎県の気候が『ラナンキュラス』の栽培に適していた為、1990年に綾町に『綾園芸』を設立。以来、優れた花の新品種を選ぶ品評会で最優秀賞に輝いた『ラナンキュラス』を始め、卓越した技術で300を超える品種を生み出しているという。
「この『ラナンキュラス』は元々育種家だった父親から受け継いだ花なんですが、バラにも劣らないその美しさは、当時ブランドに値すると思ったんですよね。そこで私はマイナーな『ラナンキュラス』をもっと皆さんに知ってもらいたい、普及させたいという想いで『綾園芸』を設立しました。綾町は気候が良いのはもちろん、地価が神奈川の20分の1だったということもあって、大規模な育種や栽培に適していたんですよね」。そうして草野さんはマーケティングにも力を注ぎ、「20世紀は合理性が求められたが、21世紀は個性が求められるようになった」と、時代が求める花を追求。数々のオリジナルティー溢れる花の育種に成功する。
「花の育種を行う上で大事なことは、完成前の例えば4年生の花をたくさん持つことなんですよ。以前まで育種は人間の思い通りに花を育てることだと思っていたんですが、自分が目指す方向とブレてしまっても、花は思いもよらない素晴らしい方向に育つことがあるんですよね。もちろん汎用性のある4年生の花をたくさん持つと費用もかかるんですが、簡単に可能性の芽を摘んでしまってはもったいないですからね」。そんな草野さんは、自らの仕事は人間の子育てと同じだという。
「植物は子どもと同じように鍛えれば良い花に育つのですが、ただ鍛えるだけでなく、やはり植物が今どういう状態にあって、何を求めているのかっていうことを分かってあげることも大事ですよね。その日その日で、結構、要求していることが違いますからね。昔から『作物は足音で育つ』と言われているんですが、それだけ人がいつも作物のことを見てあげると、植物は分かんないだろうと思うかも知れませんが、分かるんですよ。例えば人が歩けば振動があります。風が吹きます。そして電磁波とかの影響が花に何かを及ぼすかも知れません。そのように人間の感情と同じ感覚で感じているんではなくて、植物は物理的に反応してるんですよ。そして当然、細かく歩いて見て回ると、もし異常があったとしても気付きますからね。でも、これは自分が勝手に思っているだけなんですが、不思議と褒めたり、けなしたりすると花に影響が出るんですよ。この仕事を長くしていると、『あら褒めたら良くなったね』と感じるようなことが、たまにありますからね」。それは物理的に根拠のある話かも知れないが、それだけではないと信じる草野さん。そんな植物を子どものように愛情を注ぎながら育てる草野さんの農園には、人と植物とのゆるぎない信頼関係...。そして、ロマンがあった。
「現在は必ずしも人が直接管理するのではなくて、コンピューターやカメラのレンズで管理している農園も多いんですが、それでは自分は面白くないんですよ。やはり植物と直接対話した方が面白いですからね。例えば猫を飼っていたとして、コンピューターに飼わせてもしょうがないじゃないですか」。ちなみに『ラナンキュラス』の花言葉は、以前までは『恩を忘れる』という何とも失望する言葉だったが、今は『華やかな愛』と言われるように変わったと笑う草野さん。その座右の銘は、何年もかけて辛抱強く美しい花が育つのを待つ育種家らしい『継続は力なり』という言葉だった。
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