博多の下町で90年以上の歴史を刻む「博多西門蒲鉾本店」の主人・上田啓蔵さん。祖父の代に創業し、昭和54年から三代目として、伝統ある博多蒲鉾店の暖簾を守り続ける上田さんは、「低脂肪で高タンパクの蒲鉾はスローフードとも呼べるのですが、現代は蒲鉾が魚のすり身を材料としていることさえも知らない人が増えました」と、時代の流れの中で蒲鉾の需要は年々減ってきていると言う。その店頭を彩る鯛や鶴、亀や季節の花などをあしらった華やかな蒲鉾たちは、昔は結婚式、入学祝、棟上と贈答用として重宝されたそうだか、現在は、油で揚げたツマミ感覚の蒲鉾の方が主流となっているそうだ。「親分と子分がひっくり返った感じ」、そう語る上田さんは、枝豆、バジル、ポテト、紅しょうがなど様々な具材を用い、斬新な揚げ蒲鉾を数多く生み出しているが、「やはり基本は魚のすり身にあります」と、今もすり身となる魚の選択に最もこだわっている。様々な個性を受け止めるベースのすり身がしっかりとしているからこそ、上田さんは斬新で大胆なチャレンジが出来る。「食べ物って怖いんですよね。たまたま出来損ないな物を食べた人は、次は絶対に買いません。そうではない、あそこはきっと努力しているから、もう一度買ってみようという気は起きませんよね。あそこの蒲鉾は美味しくないといって終わりです。ですから食品を作る人間は、一度食べて美味しかったので、もう一度食べたいと思わせる商品を、常に作り続けなくてはならないと思っています。食品が勝負出来るのは常に一度きり...それがベースですよね。その為には、現代の人が辛さ控え目な方が好みでしたら、辛さを抑えなければいけないし、色んなモノが入った蒲鉾が好みでしたら、それを混ぜた蒲鉾を作らねばならないんですよね」。作る方は何個も作るが、買う方は常に1個…それは様々な匠が共通して語る言葉だが、上田さんは、だからこそ客のニーズに貪欲に応えていきたいと考えている。それが伝統と言う土台の上に出来ているから凄い…。「最低限のベースは守る。その上で、お客さんの選択肢を増やしていけるように我々も努力しなければいけません。その一方で、“頂き物のお返しに蒲鉾を”というキャッチフレーズで昔から作ってきた贈答用の蒲鉾には、“鶴は一度夫婦になると別れない”“亀は長生きする”“松は一年中青く元気が良い”など、その形の全てに意味があるんですよね。そういう伝統ある昔ながらの蒲鉾も、これからも大切にしていきたいと思っています」。
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