店内に並ぶべっ甲細工の数々は、それはそれは息を呑むほどの美しさ。けっして派手ではない。しかし、眺めれば眺めるほど、吸い込まれそうな感覚に陥る。「魅力は、やわらかい光沢ですね。それに、同じ物はふたつとありませんし」。この道25年の伝統工芸士・岳野忠司さんは、静かに語り出した。「5tの圧力を加えて、水と熱だけで接着するんです。300年間、ずっとこの方法は変わっていません。ここでちょっとでも加減を間違うと、焦げたり剥がれたり、色が汚くなったりしてしまいます。一番難しい工程ですね」。では、その技術を会得するにはどのくらいの期間を要するのだろうか?「何でもこなせるようになるには10年くらいでしょうか。でも、一概には言えません。機械じゃなく、培ってきた勘や感覚でやるものですから」。技術もさることながら、もうひとつ大切なことがある。それは、ごく単純なこと。「デザインが良くないと売れません。いくら腕に自信があっても、あくまで善し悪しを決めるのはお客様ですから。一度でも満足してしまったら、そこで終わりかもしれませんね」。
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