日本五大稲荷のひとつ『高橋稲荷神社』の参道に店を構えて130年となる老舗田楽専門店『田楽家』の五代目、中山博文さん。豆腐に赤酒と砂糖を混ぜた麦味噌を塗って炙る伝統の味を、変わらぬ素材と変わらぬ調理法で受け継ぐ。
「田楽の名の由来は、田の神を祭り、農民の労をねぎらい励ました『田楽舞』から来ていると言われています。江戸時代初期の『醒睡笑』という本にあるのですが、この舞の『下に白袴をはき、その上に色あるものをうちかけ、鷲足(長い棒に横木をつけたもの)にのり踊る姿』という様子を、白袴を着た人=豆腐、色つきの上着=味噌、鷲足=串に見立てて、豆腐に串を刺して味噌を塗って炙って焼いたそうです。昔は境内の中に何軒か田楽の専門店があったのですが、今はウチ一軒のみとなってしまいました」。昔から『おでん』の一種として親しまれ、その手軽さから参拝客にとってのファストフードであったという『田楽』だが、『田楽家』では現在、熱々のご飯と一緒に提供しているという。
「甘辛い味噌と香ばしい豆腐が、熱々のご飯に一番合うんですよね。今は昔からのお年を召した馴染みのお客様が多いのですが、例えば若い方にも飲んだ後のシメに、ご飯に『田楽』を乗せてかっ込んで欲しいですよね」。中山さんの店では、豆腐は柔らか過ぎず、固過ぎない『木綿豆腐』を使用し、微妙な焼き加減によって、絶妙な味を生み出している。
「私の店では、昔から来上がりに『青ノリ』を『田楽』の上に降って提供しています。私も『山椒』や『七味』など、色々なモノを試してみたのですが、やはり昔から受け継がれてきたモノには、受け継がれてきた理由があるというのか、やはり『田楽』には『青ノリ』が一番合うんですよね。そんな伝統の味を変えようとするチャレンジも必要だと思うのですが、それはそれとして、やはり伝統の味はお店の核ですから、大事にしていきたいですよね」。田楽一筋に130年、やはり時代を越えて生き残ってきたモノには、それだけの力がある。しかし、忘れてはならない。その味は中山さんのように伝統を受け継いだ人間が、時代時代で新しいことにチャレンジしてきた結果、生き残ってきたということを。
「自分は先代の味を求めてきましたが、同じように先代は先々代の味を求めてきたと思うんですよね。店の『田楽』の味は時代、時代によって変わってきているのかも知れませんが、それは変えようと思って変えたモノではなく、自然に変わっていった結果だと思っています」。そう語る中山さんの座右の銘は『継続は力なり』だった。
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