2015年に取材した匠たちの輝く言葉を振り返る。今回は工芸の分野で活躍する匠。
まずは、今年の秋に取材した、華やかな染付や色絵が盛んな有田焼の世界で、白磁を極めた重要無形文化財保持者(人間国宝)、井上萬二さん。86歳となる今でも毎日、ろくろの前に座り続け、究極の造形美を生み出す卓越したろくろ技術で、白磁の中に有田焼の美を表現する。
「焼物は、その誕生以来、より美しく見せようという意識から、女性が化粧をするように常に加飾、飾りが加えられてきたんですよね。有田焼も400年の歴史の中で、様々な染付や色絵が施され、美の世界を創造してきたのですが、私はどんなに加飾をしようが、まず形を作り出すのが焼物の原点ですから、形が美しくなければ意味がないと考えて、究極の造形美を目指したんですよ。そうして形が美しければ加飾する必要はないのではないかという考えに至ったんですよね。それから白磁に取り組んだのですが、白一色でも美しい造形を生み出せるようになるまでは、毎日、努力、努力を積み重ね、修練に励みました」。そうして加飾に頼らずとも人々を魅了する、究極の造形美を生み出す卓越した技を身に付けた井上さんは、いつしか『ろくろの神様』と称されるように。
「私は神様ではありません。ただ職人として当たり前のことをしてきただけなんですよね。常に満足することなく、これでもか、これでもかと修練に励めば誰でも到達できる領域だと思っています。それをしたかどうかなんですよ」。そのどこまで歩んでも不満足を貫く姿勢を持ち続ける限り、まだまだ技は進化すると、今も修練に励む井上さんの仕事の信条は、自らが掲げる座右の銘にも表れていた。
「私は『名陶無雑(めいとうむざつ)』という言葉を座右の銘に掲げています。いい焼物とか、名品には雑念が無いということですね」。肩書は人が付けるモノと、自らを一人の『焼物人』と語り、自らの名前を掲げた工房で、日々、無我の境地で作品と向き合う井上さん。その手から紡がれる作品は、これからも進化の歩みを止めず、平成の有田焼の伝統として受け継がれていくことだろう。
続いては、今年の初夏に取材した、熊本県人吉・球磨地方の豊かな自然美に育まれた伝統工芸品『一勝地曲げ』の技術を唯一受け継ぐ曲げ物職人『一勝地曲げ そそぎ工房』の淋正司さん。曲げ物とは檜や杉の薄い板を丸く曲げ、桜などの樹皮で固定する木工品で、一勝地では江戸時代から相良藩の保護の下、『相良の三器具』の一つとして、お櫃や桶、柄杓など、様々な曲げ物が製作されてきたという。
淋さんは、そんな『一勝地曲げ』に25歳の時に出会い一目惚れ。以来、自ら道具と化して『一勝地曲げ』の伝統を紡いできたという。
「結局、自分が道具なんですよ。ですから道具である自分自身がしっかりとしていないと、思い通りの曲げ物は完成しませんよね。例えばノミやカンナなどの道具は整えてあげるとキチンと仕事をしてくれますよね。それと同じように職人にとって一番大切なことは、普段から平常心で仕事に向き合っていくことだと思うんですよ。昨日、夫婦喧嘩をして、それを引きずっていては今日、良い仕事はできませんからね」。そんな淋さんは自分自身が道具であるが故、気分が乗らない時は木に対して失礼と、仕事の手を止めることもあるという。
「結局、大工さんや左官さんなども体つきから大工さんであり左官さんですからね。体を見れば分かりますよね。手もゴツゴツとしているし、きれいでもない。大工さんも左官さんも、そして、この曲げ物も、きれいな細い手ではできないような仕事ですからね。体が段々、そうなってくるんですよ」。職人は体つきまでも最良の道具の姿に近づいていくという淋さん。そうして何十年も道具と化して歩んできた淋さんの曲げ物職人としての喜びまでも、その目尻に深く刻まれたシワの一本一本に表れていた。
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