福岡で人気のパン屋として必ず名前の挙がる「セ・トレボン」。練乳とフレッシュバターを香ばしいバケットに挟んだプチミルクバケットを始め、本場フランス仕込みのパンが多くの人を魅了しているこの店のチーフ・大西かおりさんは、お店がまだ有名になる前に、この仕事を一生の仕事にしようと思った出来事が二つあるそうだ。「一つは、以前勤めていたパン屋が閉店する時に、多くのお客様から『辞めないで』とか、『私の土地を使って再開してくれ』っていう声を頂いたんです。それまで、お客様と接する機会が少なかったので、そんなに、このパンを好きだった人が多かったのかって感動したんですね。そして、もう一つは、ある日、ライ麦パンが好きな50歳位の男性のお客様から、東京に転勤になるので、『パンを送って貰えますか』って言われたんです。それから何回か送ったんですけど、その後、予約を頂いたまま連絡が途絶えてしまったんですね。すると半年後に奥様から『ウチの主人が亡くなりまして、四十九日の日に主人が好きだった、あのパンを食べさせてあげたいので、まだ送って貰えますか』っていう電話を頂いたんです。その時、改めてパンてモノじゃないんだな〜て気付かされたんです。人の思い出に残ったり、また食べさせてあげたいって思ったり、そういう想いが込められるモノなんだな〜て…。その頃、お店が大ブレイクして凄く忙しい時期だったので、人間関係もギクシャクしてたんですが、その出来事はこの仕事を続けて行く上で、本当に大切なモノを教えて下さいました」。大事な誰かの大事な時に、食べさせたい味。人に食べさせたくなる一番いい味。そこには味以上のモノが込められている。「例えば、一つのパンを配合通りに作っても、いつも同じ味にはならないんですよ。配合通りにただ作業の一部として行うのか、一番いい味が出るように持って行こうと行うのかでは、全然、出来てくる味が違うので、それは毎日考えています。私達パン屋がやらないといけない事は、やっぱり美味しいパンを焼く事なので、それがすべての判断の基準の中心になっています」。そんな大西さんは、「この仕事を始めてから苦しい思いも沢山してきました。でも、いつもお客様の声に助けられて来たんですよね。私が頑張る事で、そんなお客様を幸せに出来る。そして、そんな沢山の出会いを提供してくれる。このパンを作る仕事は、私が幸せになる為のツールでもあるんですよね」と言う。「私の部屋には、苦しい時にお客様から頂いたハガキを飾っているんです。そのハガキには偶然にも『この道を真っ直ぐ行こう。きっと何かが待っているはず』という文字が書かれていたんですよね」。
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