2010年に取材した匠たちの輝く言葉を振り返る。今回は食の分野で活躍する匠。鹿児島県民のソウルフードとも言えるカキ氷「白熊」を生み出した老舗甘味処「天文館 むじゃき」の久保節子さんは、寒いこの時期に、「白熊」を注文する人が増えるという興味深い話をしていた。「普通のカキ氷ですと冬は、やらないですよね。でも『むじゃき』では1年中、この白熊を提供しています。それは、正月などに県外から故郷に戻ってきたお客さんが、白熊を求めて来て下さるからなんですよね。ですから寒い正月が忙しいんですよ。そして、『懐かしい』と言って下さる。この白熊は、ブーム的なお菓子ではなく、ここ鹿児島に根付いたお菓子ですから、流行は追いません。80代のおじいちゃんが、普通に食べて、『これが白熊だよ』って言って下さるのが、一番だと思っていますからね。それは昔から変わっていませんね」。ただ「懐かしい」だけでは、本当に何十年に1回食べるだけで十分...。久保さんはあえて言わなかったが、懐かしいと同時に、やっぱり「美味い」と言わせることが出来るからこそ、毎年、故郷に戻ってきた人が、「むじゃき」の「白熊」の味を求める。そして、大分名物「とり天」発祥の店としても知られる、大正15年創業の大分県初のレストラン「東洋軒」の三代目・宮本博之さんも久保さんの話に通じる印象深い話をしてくれた。「お店に来られる年配の方などは、『お〜昔の味や、懐かしい味や』と言って下さるんですよ。人にはそれぞれ色んな思い出がありますが、味の記憶というのは、その人の中にずっと残るものですよね。料理というのは食べたら無くなるもですから、故に私たちは、その味を記憶に止めてもらうような料理を作る事を信条としています。例えば街中を歩いている時に吹いた風が、少年時代の事を思い出させてくれたり、どこからか聴こえて来た音楽が青春時代の事を思い出させてくれたり、そういう記憶は、いくつになっても甦ってきますよね。ですから、私はそんな人の心の中にいつまでも思い出として残る料理を作る事が出来たら、幸せだなと思います」。ただ「美味しい」と言ってもらえる為だけに料理を作るという人は多い。しかし宮本さんや久保さんたちが目指すのは、そのもっと先にある、つい口ずさむ歌のように人の記憶に刷り込まれる料理...その味は確かに鮮烈だった。来年も匠たちの言葉を胸に精進していこうと思います。皆さん良いお年を。
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