2013年に取材した匠たちの輝く言葉を振り返る。今回は食の分野で活躍する匠。
まずは、『森のあわび』と称され、全国的に高く評価されている対馬の名産品『対馬しいたけ』の生産者、永尾賢一さん。椎茸の発生に適した原木が豊富な対馬の椎茸栽培の歴史は古く、江戸時代に大陸から飛来した胞子が、風倒木などに付着したことが始まりだそう。対馬藩の古文書には、幕府への献上品として最上級の椎茸を贈ったことが記されている。
「対馬しいたけは、江戸時代から無農薬で自然のままに育てる原木露地栽培が続けられています。椎茸の栽培に適した自然環境と、そのような生産者のこだわりが相まって、肉厚で風味豊かな椎茸が育つという訳です」。『椎茸マイスター』の称号を持つ永尾さんは昭和48年に故郷の対馬にUターン。以来、約40年に渡り、味、歯応え、香りとも天下一品の椎茸を生産。その椎茸は『林野庁長官賞』を始め、数々の栄誉に輝いている。
「全国で数多くの品評会が開かれていますが、表彰されるような、いわゆる姿形の良い、見てくれの良い椎茸の殆どは、菌床を使いハウスの中で育てられたものなんです。しかし、それが本当に椎茸本来の持つ味に繋がっているのかというと疑問が残りますよね。人間が手間暇をかけるほど、また、手間暇をかける回数を増やすほど、椎茸本来の味から遠ざかっていくのではないのかという想いがあったものですから、私たちは原木を使い、露地で自然に近い椎茸を目指していこうじゃないかと思ったという訳です。しかし、誤解されては困るのですが、原木露地栽培ほど難しく、時間がかかります。そういった意味では、本当に手間暇がかかるのは、原木露地栽培の方なんですよね」。その手間暇は、人工的に早く、美しく成長させる為にあるのではなく、椎茸が持つ本来の自然の旨味を引き出す為にある。見た目を重視しがちな品評会において、それでも旬の味に特化した椎茸で勝負し続け、数々の栄誉に輝く永尾さんの姿は格好良い。
続いては、食肉に懸ける熱い情熱とこだわりの姿勢から、業界内外に多くのファンを持つ食肉のスペシャリスト『ゆいまーる牧場』の金城利憲さん。大阪で20年以上、精肉、食肉加工、流通、レストランなどに関わる中で、どうしても自分で牛を育てたいと思い、故郷、石垣島に牧場を設立。飼料作りから食肉解体までを一貫して行なうなど、『石垣牛』のブランド確立に大きな貢献を果たす他、沖縄在来の幻の黒豚『石垣島アグー』の生産にも精力的に取り組む。
「何事も自分の許容範囲内の中でやっていると、人間は成長しないんですよ。自分の能力以上のことにチャレンジするから成長するんですよね。ですから、牧場のことを何も知らないのにチャレンジしたことも、貿易のことを何も知らないのに輸出にチャレンジしたことも、すべて自分自身の成長に繋がるんですよ。当然、問題は起きますが、その問題を乗り越え、経験することで、次に同じ問題が起きた時に対処することができすよね。自分は、できることしかやらない人間でありたくないと思っています」。どんなに周囲から無謀だと言われるようなチャレンジでも、常にできない理由ではなく、できる理由を考え、壁を乗り越えてきた金城さん。そのチャレンジは日本の畜産産業に光を射すモノだった。
「『人間万事塞翁が馬』という言葉がありますが、現状維持だと必ず衰退していきますから、前に進むしかないんですよね」。来年もたくさんの九州、沖縄の素晴らしい匠を紹介できるように、我々もさらなる前進あるのみだ。それでは皆さん、良いお年を。
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