匠の蔵~words of meister~の放送

霧や櫻や(薩摩菓子処とらや)【老舗菓子店 鹿児島】 匠:徳重克彦さん
2016年07月09日(土)オンエア
薩摩銘菓を製造する明治17年創業の老舗菓子店『霧や櫻や(薩摩菓子処とらや)』の五代目、徳重克彦さん。
大学を卒業後、関西の外食チェーン、証券会社勤務などを経て、平成10年に現職に就任。以来、西郷隆盛翁から命名を賜った『角まんじゅう』を始めとする伝統的な薩摩銘菓に加え、時代のニーズを取り入れた新感覚の菓子も次々と発表。中でも平成27年に販売を開始した『創作 生かるかん』は、『2015かごしま新特産品コンクール』で鹿児島県知事賞を受賞。また『全国観光土産品審査会』の菓子部門でも、最高賞の厚生労働大臣賞を受賞する。
「初代の八太郎は武士だったのですが、当時、霧島市に湯治に来られた西郷隆盛翁に茶菓子を提供したところ『角なる菓子で美味であるが故、角まんじゅうと名づけよ』と命名を賜り、そして、『これからは商人の時代が始まる』とのアドバイスを受けて、『霧や櫻や(薩摩菓子処とらや)』を創業したそうです」。その後、『霧や櫻や(薩摩菓子処とらや)』は、『菓子はただ美味しいだけのモノではなく、人々の生活を豊かに彩るモノ』という信念のもとに、人の生活に寄り添う様々な菓子を製造。鹿児島を代表する老舗菓子店として歩んできたが、平成25年に霧島市の『屋台村』から出火した火事の延焼によって旗艦店を焼失。撤退か存続かの岐路に立たされたという。
「私に再出発を決意させてくれたのは、地元の方の応援でした。『霧や櫻や』は、そんな昔から私どもの店を愛して下さっている皆様に恩返しをしたいとオープンした店舗なんですよ」。そうして誕生した『霧や櫻や』は、客がゆっくりと買い物が楽しめる広大なフロアを有し、その2階では霧島の名水『関平鉱泉水』で淹れたコーヒーが無料で飲める他、定期的にミニコンサートや菓子作り教室も開いているという。そんな今や地元の人々の憩いの場となっている『霧や櫻や』から生まれた『創作 生かるかん』は、すべて地元の素材を使用。従来の『かるかん饅頭』の概念を覆す、しっとりとした食感と上品な風味が愛され、現在は『霧や櫻や(薩摩菓子処とらや)』の売り上げの半分を占める主力商品に成長したという。
「例えば京都には『八ツ橋』という銘菓がありますが、昔『八ツ橋』は『瓦せんべい』だったんですよ。その後、ある時代に『生八ツ橋』という商品が生まれたのですが、最初は皆様から反対されたそうです。しかし、いま京都に行きますと『生八ツ橋』だらけになっていますよね。ですからそういう時代に即した変革というのは、とても大切なことだと思います。我々も今回、伝統的な『かるかん』をどうにか新しい時代に即した商品に変えていこうという気持ちで臨んだ結果、形を思い切り変えて、非常に評価を頂いたという訳です」。『かるかん饅頭』という鹿児島の伝統菓子に新たな魅力を纏わせ、『生八ツ橋』のように菓子の世界の新たな伝統を切り開いた徳重さん。地元、霧島の素材のみで作られているというその『創作生かるかん』は、老舗を支え続けてくれる地元の人々への徳重さんの感謝の想いも隠し味となっていた。
「この『創作 生かるかん』を作るにあたり、まず一番に我々は地元の方に好かれる菓子であることを意識しました。地元の企業が地元の素材でヒット商品を生み出せば、地元の方の誇りになりますよね。そうすると地元の方が宣伝広告マンとなって全国に発信してくださいますからね。そうしてこの『創作 生かるかん』が、さらに鹿児島の、あるいは霧島の伝統菓子として根付いていくと考えておりますので、これからもより美味しく、より地元のこだわりを詰め込んだお菓子を作ってきたと思っています」。そんな徳重さんの座右の銘は、西郷隆盛も好んでよく使った『敬天愛人(天を敬い人を愛する)』という、地元の人々と共に歩む自らの生き様を表したかのような言葉だった。

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