島原の城下町に江戸時代からある老舗長崎カステラ専門店『松井老舗』の九代目、松井大助さん。厳選した素材を『五三焼』の製法で、いまも職人が一本一丁寧に手作りし、しっとりとした食感と濃厚な味が特徴の長崎カステラを製造する。
「『五三焼』とは普通のカステラより小麦粉が少なく、卵は黄身が5、卵白が3の割合で、さらに砂糖の配合を多くして作る、とても濃厚な味が特徴の手間のかかるカステラなんですよ。『松井老舗』では5年程前に三代目の久太郎が作っていた『五三焼』の文献を見つけて製造を始めたんですが、厳密にその配合でカステラを作ると黄身が多いので、どうしてもふんわりと焼けないんですよね。そこで材料を厳選して試行錯誤を繰り返した結果、ようやく納得のいく味と食感に辿り着いたという訳です」。現在、松井さんは島原の銘水、熊本県阿蘇産の最高級蜂蜜、1個50〜60円もするという『さくら地鶏』の卵、そして鹿児島県産の麦芽の水飴を用いカステラを製造。『五三焼 長崎豊潤黄金カステーラ』と名付けられたその商品は、催事などを通じて日本全国の人々から愛されているという。
「最近は大手メーカーからも『五三焼』が販売されるようになりましたが、東京などで『松井老舗』のカステラを食べた人が、『こんなに美味しいカステラを初めて食べた』と、よく言って下さるんですよ。カステラはシンプルなお菓子ですから、やはり材料は大事ですよね」。そんな『松井老舗』のカステラは、どんなに需要があろうとも大手のように機械に頼って作られることはないという。
「カステラで絶対に不可欠なのはしっとり感なんですよ。そのしっとり感を生む為には微妙な焼き加減が求められますから、松井老舗では必ず職人が手で押さえてみて焼き上がりを確認しています。私の場合は必ず左手ですね、右手だと分からないんですよ。それはもう熟練した技ですよね。もちろん鉄板は200℃近くありますから熱いんです。でも押さえた時にするジュッジュッという音が焼き上がりを教えてくれるんですよ。僕らが弟子の時は『カステラは耳で焼け』と、よく言われたものですが、そうやって意識を一点に集中して作らなきゃ美味しいカステラは焼けませんからね」。機械でカステラを焼いた方が確かに簡単だし便利だし数も焼ける。しかし気温、湿度、素材と、どれをとっても日々、同じ状況のないカステラ作りの世界では、熟練した職人の五感に機械が敵うハズがないことを、『松井老舗』のカステラは雄弁に語っていた。
「自分の技を駆使することなく、少々不味くても売れるからイイやっていう気持ちには、どうしてもなれないんですよね。ですから頑固と言われれば頑固でしょうが、そこは譲れませんよね」。長崎では数年前、坂本龍馬が食べたといわれるカステラのレシピが発見され、その当時のレシピでカステラが製造されたことがあるそうだが、それはパサパサとしていて、とても現代人の舌に合うものではなかったという。
「当時の人々は珍しくて喜んだかも知れませんが、そんなカステラが今も多くの人々に愛される理由は、時代、時代の職人たちがその時代の人々の舌に合うように、改良を重ねてきた結果だと思うんですよね。ですから私もまだまだカステラの深みを追求したいんですよ。何でも深みがあるように、カステラにもただ甘いだけ、ただしっとりとしているだけではない何か深みが、まだあるような気がするんですよね。こんな話を息子にすると、『また始まった』って笑われるんですけどね」。その材料も製造技術もどんな深みに到達しようとも、さらなる深みを追求し続ける『松井老舗』のカステラは、いつまでも進化し続け、これからも時代、時代の人々に愛されていくことだろう。
「私はやっぱり『温故知新』という言葉が好きですなんですよね。故きを温(たず)ねて、新しきを知れば、カステラの深みに到達できるんじゃないかな〜と思ってるんですけどね」。
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