大分の繁華街にある全国的にも珍しい穴子専門店「あな太郎」。穴子は天ぷらや煮穴子として食べるのが一般的だが、この店では、刺身と生のにぎり鮨で穴子を食べさせる。主人の宮良洋成さんは、奥様の実家である創業40年の老舗鮨屋で働いていた時に、生の穴子の美味さを知り、およそ20年前に穴子専門店として独立したそうだ。「穴子は籠の中に餌を入れて獲るのが普通ですが、そうやって獲られた穴子は生臭いんです。でも、ここ大分の豊後水道は水が綺麗なのと、底引き網で穴子を獲る為、生臭くならないんですよ。だから、大分でなくては穴子専門店を開こうとは思わなかったでしょうね」。まるで分厚いフグを食べているような歯応えのある食感、そして、淡白でありながらもコクと甘味のある生の穴子を味わうと、宮良さんが穴子に一生を賭けようと思った理由が分かる。そんな宮良さんは、「生の穴子料理がある事を知らない人に宣伝するのは大変でした。最初は店名を見た人から、いかがわしい店だと勘違いされた事もありますよ」と笑う。何事もパイオニアとして名を成す為には、まず知って貰うと言う普通より多くの苦労が待ち構えている。「最初は穴子をどうやって料理をするんだろうかと、漁師さんが来ました。でも感心して帰られましたよ。穴子専門店?って笑いながら入って来たんですけどね。『刺身が美味しいですよ』『生が美味しいですよ』って言っても、食べた事のない、比較出来ないモノに対して『美味しい』と言っても人は寄って来ません。ですから、私は最初の人と言うのは、えらいと思います。食べた事のない料理を人に食べさせるんですからね」。それからは口コミで生の穴子の美味さが広がっていったそうだが、穴子自体が美味いので、宮良さんは、「そんなに苦労は無かった」と言う。「絶対に美味いという信念がありましたからね。信念があるからこそ、仕事に真面目に取り組んで来られたのかも知れません」。人がやった事のない事に挑戦する。それを信じて続ける。どちらも難しいが両方やるのは、もっと難しい。それを知ると、「あな太郎」の穴子の味が、もっと澄んだ奥深い味に感じた。
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