10/5「茶席で仲直り」
1929年、オランダのハーグで第一次世界大戦後のドイツに対する賠償会議が開かれました。
フランスとイギリスの意見が激しく対立し、あわや戦争にまでなりかけたとき、困り果てた両国から調停の依頼を受けたのが、日本代表の外交官・安達峰一郎です。
彼は卓越した語学力と高い人望で各国の代表から尊敬されていました。
調停役となった安達は日本流の茶席に両国の代表を招き、穏やかな口調で説得して両国を和解。会議を成功に導いたのです。
安達はその後、国際司法裁判所の裁判官・所長を務め、欧州中心だった当時の国際社会で、国の力に左右されない法に基づく正義を貫き通し、「世界の良心」と称えられました。
そんな偉大な人物ですが、若い頃の安達には劣等感がありました。
それは言葉。東京での大学生活で自分のお国訛りを恥じていたのです。
その悩みを学友に相談したところ、「落語でも聞いて江戸言葉を覚えればよい」とアドバイスを受けます。
そこで安達は毎日のように寄席に通っては、落語中興の祖とされる三遊亭円朝の噺を熱心に聴いて、それを憶えることで劣等感を克服したといわれます。
ハーグの国際会議で茶席に招いてフランスとイギリスを仲直りさせたのも、寄席から学んだ人を惹き付ける話術による賜物だったのかもしれません。
|