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提供:創価学会
FM福岡(土)14:55-15:00
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7/6「よみがえったピアノ」

7月6日は、1823年にシーボルトが初めて日本にピアノを持ち込んだことから「ピアノの日」と制定されています。
今日は、半世紀前の幻のピアノの話をご紹介します。

このピアノを製造していたのは、ドイツのスタインベルク・ベルリン社。
チェンバロのような美しい音色を奏でますが、製造台数が少なく、日本にはわずか5台しか入っていません。
そのうちアップライトタイプのピアノは2台だけ。
うち1台は、岐阜県の中学校にあります。

1951年、生徒たちの音楽教材にと、一番いい音色だったこのピアノを選んだのは、当時の音楽教師だった高橋先生です。
ところが、長い歳月の間にピアノはあちこち傷みだし、ついに教材としては使えなくなってしまい、最近では玄関ホールにひっそりと佇んでいました。
このピアノに親しんできた卒業生たちは「幻の音色をぜひ復活させたい」と、ピアノの修復を試みます。

しかし、修復に必要な経費は、およそ100万円。
卒業生たちと学校はひとつになってピアノ支援団体を設立し、地道な募金活動を行います。
そして今年2月、ようやく目標金額に達して、ピアノはドイツと日本の共同作業により完全修復されました。
半世紀以上も前、教え子たちの笑顔を思い浮かべながらこのピアノを選んだ高橋先生は、現在99歳。
今、この中学校で音楽教師を務めているのは、高橋先生のピアノで学んだ教え子のひとり・上田先生です。

「高橋先生から大切に受け継がれたピアノが修復されて本当にうれしい。このピアノは地域の文化財としても後世に残していきたい」と、上田先生は喜びを語ります。
幻の音色は、当時の感動のまま、再び校舎の中で響き渡りました。