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人生この1曲 アーカイブ

2011年10月02日

人生この1曲(2011/10/02) 博多シヤリング工業(株) 代表取締役 尾園克文さま

今日から、おとな倶楽部の中に新しい番組がスタートしました。

「人生この1曲」というタイトルが現すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

という内容です。乞う、ご期待!


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さて、第1回目のゲストは、

博多シヤリング工業株式会社
代表取締役・尾園克文(おぞのかつふみ)さん。

博多シヤリング工業株式会社 とは、 福岡市博多区にある、

鋼板加工販売の会社。

レーザー加工、パイプ加工、部品や完成品まで技術とアイデアを提供する会社です。

有名なところでは、特急つばめのエンブレムを作った会社。

さて、そんな会社の代表取締役・尾園さん、人生この1曲は、

<想い出のタンゴ/ブレンダ・リー>です。


尾薗社長の、その想い出とは、中学1年生のときに遡ります。

友人の家で初めて聞いた瞬間、好きになったそうです。

そんな曲と初恋もリンクするとか。

尾薗さん、昭和25年生まれの61歳。

現在も音楽から離れることなく、

大好きな趣味として続けていらっしゃるそうです。



2011年10月09日

人生この1曲 (2011/10/09) (株)福山コンサルタント 代表取締役社長 山本洋一さま

「人生この1曲」というタイトルが現すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。

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今回のゲストは、

(株式会社)福山コンサルタント代表取締役社長 山本洋一様

福山コンサルタントとは、公共事業に関する技術的なコンサルティングを

おこなっている会社です。

工事に入るための調査、計画、設計などが主な業務内容。

特に交通の分野を得意にしており、例えばこれまで、九州全域の高速道路、

九州新幹線、福岡市地下鉄、北九州のモノレールなどのお手伝いをしてきたとか。

会社の創業は、昭和24年。2年前に60周年を迎えたといいます。

そして、山本社長の想い出の曲は、

故郷(ふるさと)

戦争中ご家族は、神戸から和歌山に疎開。

山本さんの生まれ故郷は和歌山で、お兄様ともども故郷と呼べる場所になるそうです。

その後、山本さんは新天地を求め九州へ。

いろんな出来事があり月日は流れていきます。

5年前、お兄様、永眠。

山本さんの想い出の曲は、お兄様の通夜でのできごとだそうです。

そのときのお坊さんが読経のあとの説話で、

「故人が育った紀州和歌山の緑深き山々を背に、清流で名高き日置川のほとり・・・

ここでひと呼吸あり、お坊さんは、いきなり“うさぎおいし・・・”」と歌われたそうです。

そして「故人のふるさとはまさにこの歌詞のようで、いま故人の魂は、

その懐かしい懐かしい故郷に向かっている」と続けられたそうです。

山本さんは、たまらず涙がこみ上げてきてしまいました。


2011年10月16日

人生この1曲 (2011/10/16) 西日本新聞社 代表取締役社長 川崎隆生さま

「人生この1曲」というタイトルが現すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。


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今回のゲストは、


西日本新聞社 代表取締役社長 川崎 隆生様

もう、西日本新聞といえば、知らない人がいない新聞社。

その歴史は、明治時代、1877(明治10)年の筑紫新聞創刊までさかのぼります。

いまから、およそ135年前のこの新聞が、西日本新聞の原点なのです。

新聞とは、毎日発行しなければいけないもの。これは大変な労力です。

川崎社長は「でも、毎朝3時に起きて配っていただいている方がいるっていうのは、

やっぱりスゴイことだと思います」と、おっしゃる。

そして、川崎さんが選ばれた、人生この1曲は、

冒険者たちのテーマ


団塊の世代の人たちなら、どなたもご存知の映画「冒険者たち」。

それのメインテーマ。

1950年(昭和25年)生まれの川崎さん、映画が公開されたのは1967年。

川崎さんは高校生。多感で感受性豊かな時。

お話をお聞きしていくと、その映画の細部まで詳しいこと!

相当、繰り返し、ご覧になったご様子。

「音楽が、口笛なんですけど、これがなんともイイんですよ」と、

どんどん、想い出が溢れてきたような口調。

メインの出演者は、リノ・バンチュラ、アラン・ドロン、ジョアンナ・シムカス。

川崎さんは、このジョアンナ・シムカスという、少し覚えにくい女優の名前もするりと出てくるわ、

その役名である「レティシア」も、簡単に思い出されたようです。

当番組スタッフもほとんどが、この映画のファン。

すっかり川崎さんの想い出話を、自分自身の体験と重ね合わせたかのように、

懐かしく聞き入ってしまいました。

この映画は、船に乗って宝探しにいくというのが、メインのストーリーになっているのですが、

なんと、川崎さん、この映画に触発されて、「船に乗りたい!」と、

後年、貨物船に乗って2週間かけて、カナダまで行ったとか。

向こうで3~4箇月暮らして、また貨物船に乗って帰ってきたといいます。

大学を1年休学してまで、川崎さんなりの「冒険」をされた想い出のようです。

2011年10月23日

人生この1曲 (2011/10/23) (株)梅の花 代表取締役社長 梅野重俊さま

「人生この1曲」というタイトルが現すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。

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今回のゲストは
株式会社 梅の花 代表取締役社長 梅野 重俊様


梅の花といえば、みなさんご存知のとおり「食」をテーマに幅広く展開されている会社。

梅野社長が選ばれた、人生この1曲は、

人生を語らず/吉田拓郎

吉田拓郎は、梅野さんの青春時代の代表的な歌手。

ところが、この曲の想い出とは、現在60歳の梅野社長18歳頃の話。

この曲は、梅野さんの修行時代、辛い仕事が終わって寮でお酒を飲むと、

必ず、同僚がギターをかき鳴らし歌い続けた歌だとか。

それも毎日毎日・・・。

梅野社長は、それを聞かされ続け、ついには頭にこびりついてしまったといいます。

しかし、いまとなっては、この曲を聞くたび、その辛い修行時代を思い出すそうです。

皿や野菜を洗ったり、スタッフのまかないを作ったり・・・修行はやはり辛いもの。

そんな辛かった時代に見つけたのが「人に感謝、物に感謝」という言葉。

人を喜ばせる、幸せにしてあげる、ということが一番大事なんではないか?

それに気づいたと、梅野さんは言われます。

それで始めたのが「梅の花」。社長35歳のときでした。

想い出の1曲、

題名は「人生を語らず」でしたが、梅野社長からは、修行時代からいままでを振り返り、

期せずして少しだけ、人生を語っていたきました。

2011年10月30日

人生この1曲 (2011/10/30) 西部ガス 代表取締役社長 田中優次さま

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。


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今回のゲストは、
西部ガス 代表取締役社長・田中 優次様

もうみなさんご存知の西部ガス。去年80周年を迎えたそうです。

11月の3、4、5の3日間、マリンメッセ福岡で「ガススタイル2011」というイベントがおこなわれます。

最新のガス機器、環境に配慮したエコな機器などを見ることができます。

入場は無料です。

さて、田中さんの、人生この1曲は、


イエスタデイズ/カーメン・マクレエ


カーメン・マクレエ(1920年4月8日 - 1994年11月10日)は、アメリカ合衆国の女性ジャズ歌手。

20世紀において最も影響力の大きなジャズボーカリストの1人とされています。

現在63歳の田中さん。

この曲の想い出は、大学時代にまでさかのぼります。

大学に入ってジャズが好きになり、最初に買ったアルバムがカーメン・マクレエ。

田中さんは「このイエスタデイズという曲は、過ぎ去った日々を思い起こして歌っている。

悲しい中でも、過去いいこともあった・・・という夢を歌っている部分がいいですよねえ」

と懐かしそうに、おっしゃいます。

田中さんの過ぎ去った日々は、独身時代、音楽も好きだったけど、山登りにもはまっていたとか。

その頃の収入のほとんどは、山登りの道具、レコード、オーディオなどに消えていったそうです。

いまでもオーディオには凝っておられるそうで、今回の曲は田中さんのコレクションから、

レコードを持参いただき、おとどけしました。


2011年11月06日

人生この1曲 (2011/11/06) ゆうきFAS九州(株) 代表取締役 山本裕二さま

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。


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今回のゲストは、

ゆうきFAS九州株式会社 代表取締役 山本 裕二様

ゆうきFAS九州株式会社とは、中小企業をメインにして、経営計画をつくったり、

組織の活性化を図るような経営コンサルタントをおこなっています。

「地域のために、九州経済のために、日本経済のためにお役に立ちたい、

という志を持ったメンバーで仕事は楽しい」と山本さん。


山本さんが選んだ人生この1曲は、

戦士の休息/町田義人

これは映画「野性の証明」の主題歌。


話は、山本社長が初めて就職した、23歳のときの話に遡ります。


当時の厳しい先輩が、よくこの曲を歌っていたそうです。

不器用だったという山本さんは、よくその先輩に叱られていたそうです。

例えば、

ある日、翌朝の3時まで残業。

で、翌日、先輩に向かって得意満面に「朝3時まで仕事しましたよ!」

というと、その先輩は「なんで朝8時まで頑張らなかったのか?」

「そしたら終わっていただろう」と言って、また叱られたそうです。

その先輩があるとき、会社の問題の責任を取って辞められてしまいました。

山本さんは「ぜんぜん辞める必要はなかった」といいます。

さらに、この先輩を追って自分自身も辞めるべきだったのではないか?

といまでも悔いているそうです。

この想い出の曲「戦士の休息」は、この時以来聞いていないとか。

辛くて聞けなかったともおっしゃいます。

そんな山本社長も49歳。

この日、25年ぶりに聞いていただきました。

2011年11月13日

人生この1曲 (2011/11/13) (株)とうじ 代表取締役社長 冬至克也さま

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。

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今回のゲストは、

株式会社 とうじ 代表取締役社長 冬至克也(とうじかつや)様


とうじと言えば、福岡在住の人なら一度は訪れたことがある、

有名な文房具店。

福岡市天神、福ビルの1階にありますね。

文房具といえば、自宅や会社で使うもの、と思いきや、

会社で使うものは文房具と呼ばず「事務用品」と言うとか。

つまり文房具と事務用品とは区別がつけられているのです。

「文房」とは、もともと「書斎」という意味がこめられており、

文房具とは自分で買って自分で使うものという意味だそうです。

とうじさんでは、そういう意味もあり文房具にこだわっておられるとか。

創業は大正7年。94年の歴史です。


冬至社長の人生この1曲は、


ルート66/ジョージ・マハリス


アメリカのドラマのテーマ曲で聞いたのが初めて。

で、そのドラマがアメリカのルート66を走りながら織り成す、

いわばロードムービー。

そのカッコ良さ、自由でおおらかな雰囲気に憧れをもたれたそうです。

冬至さん、現在57歳。

ルート66をなぞってクルマで走る夢はかなわず・・・。

しかし、陸ではかなわなかった夢を、

海で叶えたとおっしゃいいます。

学生時代、ロサンゼルスからハワイまでをヨットで辿ったそうです。

まさしく青春時代の想い出ですね。

2011年11月20日

人生この1曲 2011年11月20日放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。

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今回のゲストは、

株式会社 華三楽(はなさんらく)

代表取締役社長 藤原 幹大(ふじわら・みきお)様


華三楽という会社は、仕出しや弁当、食堂などを経営されている、

いわば、食の全体に関わる会社。

中でも私たちに身近なのが最近人気の「華さん食堂」です。

出来上がったオカズがずらりと並べられており、

好きなものを自分の好みと予算に合わせてチョイスできる、

安くて美味しい庶民の味方的食堂。

藤原社長の人生この1曲は、


モーツァルト


実は、この華さん食堂では、終日モーツァルトがBGMとして使われており、

モーツァルトを聴きながら美味しいものを食べ「元気になってもらおう」という、

コンセプト。

何故モーツァルトか・・・このいきさつは12年前のことになります。

藤原さんにお孫さんが出来、幼児教育のことを調べていたら、

とにかくモーツァルトは人間の健康にいいということに行きあたったそうです。

モーツァルトの曲には、4000から8000ヘルツの高周波が出ていて、

それが人間の副交感神経などいろんな部分に作用して、

リラックス効果、免疫力を高めるのだそうです。

事務所や工場でも24時間モーツァルトを流しているそうで、

直接的に、こういった効果があった、という訳ではないけれど、

会社の人たちも毎日リラックスして仕事をされているとのこと。


藤原さん現在65歳。さすがに肌ツヤもよく、お元気そうでした。

お届けした曲はモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」でした。


2011年11月27日

人生この1曲  2011年11月27日放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

それを想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。


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今回のゲストは、

株式会社 関家具

代表取締役社長 関 文彦様

関家具は、福岡県大川市にある家具会社

家具とは、

人生の節目節目の寿事に必要なもの。

社長は「寿産業だ」という信念。



創業は、昭和43年のことです。

社長一人で零からスタートし、それはさまざまな困難に合われたそうです。

そんなとき関さんを勇気づけたのが「軍艦マーチ」だったとか。

当時は、トラックの運転席でテープで聞きながら、

商売への意気込みを鼓舞したとおっしゃいます。

体力、気力、知力。「健全なる精神は健全な肉体に宿る」の教えを尊び、酒タバコやらず、                                
「楽しくなければ仕事じゃないよ」「仕事上の失敗の責任は社長が取る」

というのも信条のひとつ。


昭和17年(1947年)生まれの69歳の関さん。

驚くことに、今でも毎日、

腕立て伏せ連続150回、スクワット100回、腹筋100回、逆立ち歩行30mを

こなされるという驚異的な体力です。

そんな関社長の人生この1曲は、

                

人生(たび)の空から/松山千春


歌詞の中でも「君にもう一度会えたらいいね」という部分が印象的だそうです。


2011年12月04日

人生この1曲 2011年12月04日 株式会社ふくや 代表取締役社長 川原正孝様

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの

想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。

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今回のゲストは、

株式会社ふくや 代表取締役社長 川原正孝様

「ふくや」といえば、博多の辛子明太子屋さんの老舗中の老舗。

創業して63年間、博多の町に辛子明太子を提供されています。

この季節、御歳暮には欠かせない存在ですね。

川原社長、人生この1曲は、


恋のダウンタウン/ペトラ・クラーク


川原社長、中学生時代の想い出の曲。

当時から洋楽ばかり聞いていた川原さん、それもそのはず、

いまはなき「板付放送(FEN)」を聞いていたそうです。

FENとはFar East Networkの略で、

そのころ福岡市板付から流れてきていた、米軍基地専用の放送局のこと。

博多っ子の川原さん、

ラジオといえばいつもFENにダイアルを合わせていたそうです。

そんなラジオ局から流れてくるのは、当然アメリカの曲。

しかし、それだけではなく、

番組そのものからアメリカを感じることが出来たとおっしゃいます。

ビルボードなどのランキング番組で、自分の好きな曲が何位になっているか、

いつもワクワクどきどきしながら、お聞きになっていたといいます。

現代のように、CDを買うとかいう発想がなく、

とにかくラジオで音楽を聞くのが楽しみのひとつだったそうです。

今でも、その当時の曲ばかり聞いているという、現在61歳の川原社長。

永遠のラジオ少年なのかもしれません。

2011年12月11日

人生この1曲 2011年12月11日放送 株式会社九電工 代表取締役社長 橋田 紘一様 

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの

想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。

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今回のゲストは、

株式会社九電工 代表取締役社長 橋田 紘一様  

九電工といえば、九州の人は知らない人がいない会社。

主に、九電の配線の工事などをおこなっており、

台風などの災害時、あちらこちらでお世話になっている会社ですね。

橋田社長、人生この1曲は、


イエスタデイ・ワンス・モア/カーペンターズ

いまから35年前のこと、第一次オイルショックがおこり、

電力会社は大変な目にあったそうです。

当時は、相当強烈な仕事をしなければならず、

そのとき橋田さん、実は病を患っていたそうです。

それさえ、後で気がついたというほど過酷な仕事の時期。

そして、前日は徹夜作業のまま、東京主張。

「こんなきつい体だから、ひょっとしたら福岡に帰ってこられないかも?」と

脳裏をよぎったそうです。

そのとき飛行機の中で、イヤフォンから流れてきたのがこの曲。

この曲に、とても心癒されたといいます。

当時、橋田さん35歳。

いまでもこの曲を聞くと、きつかった当時を思い出し、

あのときのきつさから思えば、いまのきつさはなんともない、

とすらおっしゃいます。

橋田さん、現在69歳。

辛い思い出も、この曲のおかげで良い思い出に変わったのでしょうか?

2011年12月18日

人生この1曲 2011年12月18日放送分 株式会社 南陽

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。


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今回のゲストは、

株式会社 南陽 代表取締役社長 武内 英一郎様

株式会社 南陽とは、福岡市博多区にある機械商社。

建設機械半導体製造装置などを国内及び海外に販売している会社です。

最近博多駅前3丁目、キャナルシティの近くに移転したばかり。

武内社長の人生この1曲は


ダニエル/エルトン・ジョン

話は、武内社長、中学2年生のときのこと。

それまで武内さんはプラモデル少年だったとか。

そんなとき初めて買ったレコードが、ダニエルが収録されている

「ピアニストを撃つな」というアルバム。

このときから武内少年はポピュラー・ミュージックのとりこになったようです。

そのアルバムを買ってから今年で38年、

いまだに毎年、何回か聴き続けているアルバムだそうです。

高校のとき、大学のとき、さらに社会人になり、結婚して子供さんができて、

それから社長になって・・・。

いろんな局面局面で、いつもこの曲を聴いていたな、という感想。

まさに人生この1曲だ、ともおっしゃいます。

いま聴いても新鮮に感じるし、というよりカビが生えていない曲。

もともとの曲のクオリティが高かったということなんだろうけど、

それをラジオで聴いていて「本当にシャレた曲だな」

と感じていたそうです。

武内さん、昭和33年12月28日生まれの52歳。

エルトン・ジョンはずっと好きだけれど、途中、プログレッシブ・ロックには

まったり、アメリカのロック、ジャズと遍歴を重ねたものの、

やっぱり、エルトン・ジョンのダニエルに戻ってきたとおっしゃいます。

人生の1曲とは、そういうものなのかもしれませんね。

2011年12月25日

人生この1曲2011年12月25日放送 株式会社ベスト電器 代表取締役社長 小野浩司 様

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

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今回のゲストは、

株式会社ベスト電器 表取締役社長 小野浩司 様


年末のお忙しい時期に、お時間をとっていただき、

ベスト電器本社の社長室でのインタビューとなりました

ベスト電器は元日から初売りをするので、

年末はあいも変わらずお忙しいとか。

ベスト電器といえば「家電」のイメージが強いのですが、

いま一番力を入れられているのは、環境ビジネス。

特に太陽光ソーラー関連のニーズが高まっているので、

販売強化しているとおっしゃいます。

小野社長、人生この1曲は


雨にぬれても/B.J.トーマス

この曲は「明日に向かって撃て」の挿入歌。

小野さん、映画を見たのは高校時代。

想い出と言えば、なんといっても初デートのときのこと。

福岡市天神のとある喫茶店で、彼女と取りとめのない話を、

2時間~3時間としたそうです。

外はそぼ降る雨・・・。

そんなとき、この曲がかかったのだそうです。

いまから30年ほど前のお話。

このとき初デートした彼女というのが、現在の奥様。

小野社長、現在56歳。

今回、この番組のこともあり、

奥様にそのとき行った喫茶店の名前など訊ねたところ、

ぜんぜん覚えていらっしゃらなくてがっかりしたとか。

しかし、この番組でこの曲をお聞きになれば、

きっと当時の想い出がよみがえることでしょう。

2012年01月01日

人生この1曲 2012年1月1日放送 有限会社 白糸酒造 代表取締役社長 田中信彦様

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの

想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。


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あけましておめでとうございます。
2012年最初のゲストは、

有限会社 白糸酒造 代表取締役社長 田中信彦様

白糸酒造といえば福岡県糸島市の歴史ある造り酒屋さん。

特に有名なのが、純米吟醸酒「跳木(はねぎ)」。

これは、はねぎ搾りという全国でも珍しい製法で作る清酒。

はねぎ搾りとは、全長8メートルもあるカシの木の片方に

1200キロもの重しを吊るし、もう片方でお酒を搾る方法。

つまりテコの原理を利用した古代の製法のひとつなのです。

機械搾りに比べて絶妙な圧力をかけるため、

雑味成分がほとんど出ないまろやかなお酒ができるとか。

創業、安政2年(1855年)。田中社長は7代目。

すごい歴史です。

2月18、19日、4月7、8日(いずれも土日)には、

待望の蔵開きが行われます。

筑前前原駅から無料のシャトルバスも出るそうですから、

ぜひとも公共の交通機関をご利用の上、ご参加ください。

さて、田中さん、人生この1曲は、

母に捧げるバラード/海援隊

田中社長のお母様は、6年ほど前にお亡くなりました。

そのお母様の想い出があるそうです。

あるとき白糸酒造の高さ20メートルほどの煙突の修理のため、

足場として丸太を組んでいました。

その丸太を好奇心で田中さんは登っていったそうです。

すると下で両親が叫んでいる。

お父上は「危ないからおりてこ~い」

ところがお母様は

「どんどん登れえ!登れえ!」とおっしゃったとか。

それほど気丈なお母様だったそうです。

この曲を聞くと、そんなお母様のことを想い出し懐かしいとか。

田中さん、現在59歳。もうじき還暦です。

そんな気丈なお母様の気持ちが分かる年代に、

近づいてきたのかもしれません。


2012年01月08日

株式会社アダル代表取締役社長・武野重美様<人生この1曲>2012年1月8日放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社アダル代表取締役社長・武野重美(たけのしげみ)様


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株式会社アダルとは、営業用のテーブル、椅子など、

インテリア関係の会社。

むかしは、特に、喫茶店やスナックなど、最近では、

ホテルの家具や病院などの家具が非常に多いとか。

創業昭和28年。そろそろ60年が近くなってきた。

家具といっても家庭用と業務用では、まったく考え方が違う。

工場で生産したものを並べて販売するのを家庭用だとすれば、

業務用はお客様サイドの希望にそって、

その場に合う家具をデザイン、企画提案するものだそうです。

武野さん、人生この1曲は、

マイ・ウエイ/布施明

人生も仕事も迷いの連続だったとか。

そんなときマイ・ウエイは、いつも迷わず突き進めと言われているような、

そんな気がした歌だったそうです。

この曲に出会ったのは、昭和49年頃のオイル・ショックのとき。

いろんな企業が次から次へと倒産。

本当に自分の会社は、このままやっていけるのだろうか?

そういう気持ちだったことを覚えており、常に攻めの心持ちに

切り替えていったとおっしゃいます。

社長は現在72歳。以前とあるお客様が、社長のことを、

まるでバックギアなしの前進ギアのみの人ですね、と言ったとか。

まさしくマイ・ウエイ的な人生を送られているようです。


2012年01月15日

株式会社 綱屋(つなや)代表取締役社長 萩原正綱様 <人生この1曲2012年1月15日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社 綱屋(つなや)
代表取締役社長 萩原 正綱(はぎわらまさつな)様

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株式会社 綱屋とは、ミート事業部/ つなやミート、
外食事業部/ ヌルボンガーデン、黒和牛焼肉伝統料理 ヌルボン
だんらん居酒屋 はな、風の邱
などを展開している、外食事業の会社です。

中でも「風の邱(おか)」は糸島にあり、景色といい美味しいフランス料理といい、

いま話題のお店です。

社長のポリシーは、来ていただいたお客様に豊かな時間、豊かな空間を、

味わっていただくこと。

スタッフ教育もたいへんだけれど、こころの教育が大事だとおっしゃいます。

萩原社長がこの会社をお作りになって、来月で33周年。

今年59歳になられるとのことなので、

25歳のときに起業されたことになります。

萩原社長、人生この1曲は、

タイム・トゥ・セイ・グッドバイ/サラ・ブライトマン


この曲に出会われたのは、いまから7-8年前のこと。

当時、さまざまな出来事が重なり、かなり落ち込まれていたそうです。

そんなとき娘さんの結婚話が・・・。

そんな沈んでいた気分を察したのか、娘さんから、

このCDをプレゼントされたそうです。

この曲を聞いて、とても心が安らかになったとか。

眠る時も、この曲を聞きながらだと安眠できた、ともおっしゃいます。

CDをプレゼントされ、娘さんが結婚、ちょっと寂しい時期も、その後、

お孫さんの顔を見て、喜びに変わったとたとか

タイム・トゥ・セイ・グッドバイという曲は、少し寂しい曲ですが、

社長は、どんどん好きになったとかで、いまや携帯のコール音にまで、

登録されています。

つまり、こちらからお電話すると、

コール音が「タイム・トゥ・セイ・グッドバイ」なわけです。

好きな曲を、少しでも皆さんと分かち合いたい、

そんな萩原社長のお考えのようです。


2012年01月22日

長浜ナンバーワン代表、種村剛生様<人生この1曲>2012年1月22日放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

長浜ナンバーワン代表、種村剛生(たねむらたけお)様


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長浜ナンバーワンといえば、有名な長浜屋台群の中でも、

文字通りナンバーワンの屋台。創業40年。

特にラーメンの人気が高く、いまや路面店が5店舗という、

ラーメン専門企業です。

これだけ人気があるのも、まごころ込めて作っているから。

種村さん、人生この1曲は、

Ya Yaあの時間(とき)を忘れない/サザンオールスターズ

この想い出は、2004年に遡ります。

新潟県中越地震がおきました。

1週間後、食べるものに困っている被災地へ種村さんたち

福岡のラーメン店の方々が集まり、ラーメンの炊き出しに行こう!

と決めたそうです。

この曲は、そのときに聞いていた曲。

何故、炊き出しに行こうと思ったかといえば、種村さんのご出身が、

長崎県島原・・・そうです、普賢岳の火砕流の甚大な被害が思い出されます。

その後、阪神・淡路大震災がおこります。

種村さん、当時修業中の身であり、何にもできなかったそうです。

その悔しさがずっと残り、新潟県中越地震の炊き出しにつながったのです。

現地の人たちには、あったかいラーメンはとても喜ばれたようです。

特に子供さんたちが喜んで食べてくれたことが印象的。

その翌年、被災地の子供さんたちがお礼のため博多に来てくれたとか。

それは感動したとおっしゃいます。

歌もそうですが、美味しいラーメンも、

一度味わったら忘れられないものですね。


2012年01月29日

株式会社ヨシケイ福岡 代表取締役社長 林正彦様<人生この1曲>2012年1月29日放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社 ヨシケイ福岡 代表取締役社長 林正彦様


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株式会社ヨシケイ福岡とは、夕食の食材、材料を宅配している会社。

事前にメニューの冊子があり、その中から自分の好みの材料を注文すると、

自宅まで届けてくれるという便利さ。

さらにその材料は人数分に合わせてあるのは当然ならが、野菜なども、

その量に切りそろえてあり、きっちりしているのです。

ヨシケイ福岡の根幹は、奥様が毎日の献立を何にしようかしら?

という迷いを取り払った画期的なシステム。つまり奥様の代わりに、

献立、材料と届けてくれるのですから助かります。

社長がこの仕事を始めて33年。福岡県下9箇所の営業所があります。

林社長、人生この1曲は、

あのバスを停めて!/チューリップ

これを好きになったきっかけは、高校生時代から付き合っていた初恋の人、

との想い出話になります。

その彼女と西南大学進学。その学内でチューリップのコンサートがある

ということで、彼女とふたりで見に行ったそうです。

そのとき、すごく印象に残った曲が、あのバスを停めて!

そんなにチューリップのことを好きでもなかったけれど、

彼女が大好きなバンドだから一緒に見に行ったとか。

当然、隣同士の席。肩が触れるだけで「熱く」なったそうです。

林社長、大学2年生のとき。1975年頃の話。

まさに青春時代、それも相当純情派だったようです。

その彼女のおかげで、何もできない勇気のない青年が、

どんどん生まれ変わっていったとおっしゃいます。

絶対、自分に素直に生きよう!と決めたそうです。

林さん、あれから月日が流れ、現在56歳。

いまでもこの曲を聞くそうです。

番組で曲をお届けしたあとの感想で、

あの頃のことが蘇り、大濠公園でその初恋の人にフラれ、

ヤケでビールを13本飲んだことを思い出したとか。

やっぱりそのときのビールはニガイ味だったのでしょうか?

2012年02月05日

株式会社にしけい 代表取締役社長 西村 浩司様<人生この1曲>2012年2月5日放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社にしけい 代表取締役社長 西村 浩司様


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株式会社にしけいは、昭和43年に「西日本警備保障(株)」として創業以来、

「誠実・奉仕・信頼」をモットーに警備技術を培ってきた会社。

平成15年4月に「(株)にしけい」と社名を改める。

業務内容については、個人のお客様を対象としたホームセキュリティを含めた

機械警備をはじめ、常駐警備や現金輸送などの警備業全般に及んでいます。

その他、特にハイジャック防止検査業務を主とした空港保安警備については、

主要5空港を担当。

この分野では全体の約40%のシェアを占めるリーディングカンパニーです。

西村社長、人生この1曲は、


おはなし/キャッスル&ゲイツ

この曲の想い出、というより記憶はキャッスル&ゲイツのお二人が、

西村さん東大時代の同級生だったということ。

そしてそのお二人を知っている西村さんは、

この「おはなし」という曲を聞いたとき、あまりにも綺麗な曲だったので、

イメージが違う!と思ったとか。

西村さんの大学時代といえば、学園紛争の真っただ中。

学校にも行くことができず、仲間と集まっては歌を歌ったり、

マージャンをしたりの毎日だったそうです。

西村さん現在66歳。

この曲を聞くと、そんな時代の学園生活がよみがえるともおっしゃいます。

2012年02月12日

株式会社アネムホールディングス代表取締役社長 肥川 正嗣樣<人生この1曲>2012年2月12日放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社アネムホールディングス 
代表取締役社長 肥川 正嗣(こいかわ・まさつぐ)樣

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アネムホールディングスは、有名な明光義塾をはじめ、

教育の仕事をライフワークとして選んで35年以上経った会社。

以前は、20~30名をまとめて指導する集団指導型の塾が常識だっ

たところ、それでは個人個人に合った教育はできないという理由から、

個別指導システムを作ってこれを広めたのです。

肥川さん、人生この1曲は、


ザ・スリル・イズ・ゴーン/B.B.キング



肥川さんは、年代でいうとビートルズ世代。

しかし、このザ・スリル・イズ・ゴーンを聞いたとき「大人の世界」を

感じたとおっしゃいます。

B.B.キングのダミ声に重なるように「泣く」ギター・・・。

そのあたりが「たまらない」そうです。

この曲はいまでもお聞きになるそうですが、不思議なのが、

寂しい時、悲しいとき、しかも楽しい時でも、この曲がぴったりくる、

と感じるそうです。

肥川さん、むかしギターを演奏していた当時、この曲のような「泣き」を

表現したいとチャレンジしたけど、無理だと諦めたとか。

この曲を聞いた当時を振り返ると、

「何か新しいことができないか?」と前向きな志向の時代でもあったそうで、

そのタイミングに、この曲のリズムとボーカルがマッチしたといいます。

いわば、この曲を聞いて開眼した瞬間だったのかもしれません。

来年65歳の肥川さん、一生この曲と付き合っていきたいそうです。

2012年02月19日

福岡市市長 高島宗一郎樣<2012年2月19日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る曲があるはず。

そんな1曲を各業界のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

福岡市市長 高島宗一郎さん。

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高島市長のことは、もうみなさんよくご存知のとおり、

休みもなく、日夜働き詰めのご様子。

なんと、去年は3日しか休みがなかったそうです。

去年は就任1年目だったこともあり、がむしゃらに頑張ってこられたそうですが、

今年は、ご自身の力を使うべきところの取捨選択をするように考えていかなけ

れば、とおっしゃいます。

今年は、いろいろ企画があるそうで、

例えば、住民票をコンビニで取得できるようにするとか、震災のことも考え、

中でも自力で逃げることができない人たちのケアをやっていくとか・・・

様々なことを考えておられます。


高島市長、人生この1曲は、


昴/谷村新司




この曲は以前から好きだったけれど、自分の立場が変わって、見え方、

聞こえ方が変わっていったそうです。

市長という立場で新しいことをしていこうとすると、どうしても摩擦が生じ、

いわば、市長という立場はある意味「嫌われること」だとも言われます。

そして結果が付いてきたときに、あれは良かった、と言われるもの。

そういったときに、この「昴」という曲の歌詞が、

別なように聞こえてきたりするそうです。

以前、お爺様が大分県豊後高田の市長だったり、

お父様はアナウンサーだったり・・・そんな血筋を見事に継承されている

高島・福岡市長だったのです。

2012年02月26日

株式会社オーレック 代表取締役社長 今村 健二様<2012年2月26日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社オーレック 代表取締役社長 今村 健二様

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株式会社オーレックは
福岡県八女郡広川町にあり、芝刈り機、乗用型草刈機、

走行型草刈機の分野では、国内だけでなくヨーロッパでも、

かなりのシェアを獲得し、さらに広がりつつある会社です。


今村社長、人生この1曲は、

想い出のサンフランシスコ/トニー・ベネット



この曲は、いまから35年ぐらい前の話。今村社長、現在59歳、

まさに青春時代の想い出です。

大学卒業頃、オイルショックで景気が悪くなる。

当時、今村さんの夢は民間航空会社にパイロットになりたかった。

ところが景気悪化のため、これの採用自体がなくなってしまった。

で、行き場を失い家業を継ぐことにするのですが、どうしても、

パイロットへの夢を諦めきれなくて、アメリカに渡る決意をします。

とにかく思う存分空を飛び回り、後腐れなく家業に戻ろうと考えたそうです。

アメリカでの飛行機の免許を取るのも至難の技で、言葉はわかりづらい、

特に航空管制塔とのやり取りの英語が難しかったとか。

そんな中、免許取得。これは書き換えができ、

現在も飛行機の免許をもっておられます。

アメリカ滞在中、中古のクルマを買い、

サンフランシスコに遊びに行っていたそうです。

そこで良く耳にしたのが、トニー・ベネットのこの曲。

まさにサンフランシスコの風景の中で聞く、現地の歌は、

万感せまる想い出につながったようです。

                                                  

2012年03月04日

福さ屋株式会社 代表取締役社長、佐々木吉夫様<2012年3月4日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

福さ屋株式会社 代表取締役社長、佐々木吉夫様


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福さ屋株式会社は、≪食べらな、わからん、わからん≫という

TVコマーシャルでも有名な辛しめんたいの会社。

佐々木社長は、北海道礼文島のご出身。

島から出ると、見るもの食べるもの珍しいものばかり。

さらに東京に出たとき、食べることができない辛い記憶があり、

一念発起して食べ物関係の会社をお創りになったそうです。

佐々木さん、人生この1曲は、


街のサンドイッチマン/鶴田浩二


昭和28年頃の想い出で、佐々木さん大学生時代。

朝から晩まで勉強に明け暮れてはいたけれど、

佐々木さんは極貧だったそうです。

食べるものもなかったけれど「学生服を着たかった!」、これが、

目の前の「夢だった」とおっしゃいます。

そんなとき、この街のサンドイッチマンが流れてきて、

「この世は悲哀の海だもの・・・泣いちゃいけない男だよ・・・」

こういう歌詞を口ずさんでいたそうです。

そうして頑張っていたのだとおっしゃいます。

佐々木社長、現在78歳。

苦学生時代、絶対に授業はサボらない!

アルバイトは確実にこなす。1を知ったら10を知るように努力する、

というお考えで、これは今も変わらないとか。

いまは博多の街で、食の文化をなんとか守り続けたい、

そんなふうに思っておられるそうです。


2012年03月11日

株式会社 如水庵 代表取締役社長 森 恍次郎様<2012年3月11日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社 如水庵 代表取締役社長 森 恍次郎様 

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如水庵(じょすいあん)といえば、「もなか黒田五十二万石」「筑紫もち」

「とっとーと」などのお菓子の会社として、すでにみなさんもご存知のとおり。

如水庵の歴史は、はっきり分からないほど長く、その前身の商売としては、

たぶん江戸時代頃から、あったのではないか?とも言われています。

森社長は、お菓子専門の店になってからの7代目。

「お菓子は五感の芸術」。

お菓子は味覚を中心にした芸術であることはもちろん、舌触りやのどごし、

口溶けのよさなどの食感、楽しくなったり、落ち着ついたりする美味しそうな

良い香り、それから響きと意味を与える聴覚のネーミング、そして見た目、と、

五感全部に訴えかける芸術だとおっしゃいます。


森さん、人生この1曲は、



チャイコフスキー作曲の「イタリア奇想曲」



この曲との出会いは高校生時代。森さんの親友の影響で、ベートーベンや

モーツアルト、チャイコフスキーなどのクラシックを聴き始めたとか。

イタリア奇想曲は、特にお気に入りで、勉強などに行き詰まったときなど、

この曲を聴くとやる気が出てきた、つまり自分自身を叱咤激励してくれた、

大切な曲だそうです。

森社長、現在64歳。青春時代の想い出です。

当時は、クラシックだけでなくポップスも聞いていて、ベンチャーズなども、

好きだったそうです。ドラマー担当だったとき森さんより上手な友人にその座

を奪われ、仕方なくボーカルへ転向。これがまた当たり。

九州大学時代は「九大のアンディ・ウイリアムズ」と呼ばれていたそうです。

森さんの家系は、音楽の家系。お爺様おばあ様はもちろん、ご両親、お子さん、

お孫さんに至るまで何らかの音楽に携わっているとか。

奥様とも音楽を通じてお知り合いになったとおっしゃいます。

まさに絵に描いたような音楽一家なのでした。


2012年03月17日

セブン-イレブン 福岡東七隈店オーナー 近藤勝次様<2012年3月18日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名会社のトップである方たちの

想い出話と一緒にみなさんにもご紹介していこう、

というコーナーです。


今回のゲストは、

セブン-イレブン 福岡東七隈店オーナー 近藤勝次(こんどう・かつじ)様

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近藤さん、以前はアサヒビールにお勤めで、各地を転々としておられ、

どうしても早く福岡に戻りたかったとか。友人に相談したところ、

セブンイレブンを紹介してもらい、オーナーになったもの。

近藤さん、人生この1曲は、

フィジカル/オリビア・ニュートン・ジョン




フィジカルが日本でヒットしたとき近藤さんは初めてテレビで

オリビア・ニュートン・ジョンを観、その魅力にすっかりファンになったとか。

その時を同じくして、当時勤めていたアサヒビール名古屋支店。

そこに新社長が視察にこられることになり、1日クルマに乗って廻られるので、

そのクルマで聴くBGMを考えてくれ、と支店長から頼まれた近藤さん。

ここはオリビア・ニュトオン・ジョンだろう!とテープを購入。

秘書室の情報で新社長はポップスがお好きだということは聞いていたので、

大丈夫だろうと計算していたら、ことのほか新社長は喜ばれたそうです。

いま64歳の近藤さん、当時35歳のとき。

近藤さんにとっては文字通りこれがヒット曲になったということです。


2012年03月25日

株式会社 矢島不動産 代表取締役 矢島久代様<2012年3月25日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである社長さんの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社 矢島不動産 代表取締役 矢島久代(やじま・ひさよ)様

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矢島不動産は、福岡市中央区荒戸にあり、長きに渡り、福岡市民の憩いの場、

「大濠公園」「西公園」に囲まれた市内でも屈指の住環境にて営業しております。

矢島さん、人生この1曲は、


サマータイム・イン・ベニス/トニー・アーデン



いまから20年以上前、生前のご主人とのイタリア旅行の話。

イタリア旅行のラストに訪れたのがベニス。

以前から、映画「旅情」を観て、ベニスに憧れを抱いておられたとか。

ベニス旅行はとても素敵だったとおっしゃいます。

ベニスはいま水位もあがり、今後心配されるところ。

しかし矢島さんが訪れた当時は、そんな心配も無く楽しく過ごされたそうです。

有名なサンマルコ広場のカフェでワインを飲みながら楽しんでいたところ、

広場にいた楽団にサマータイム・イン・ベニスをリクエストしたところ、

演奏してくれて、さらに想い出深い旅になったそうです。

2012年04月01日

福岡市東野産婦人科 院長 東野純彦 様<2012年4月1日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

福岡市東野産婦人科 院長 東野純彦 様

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東野産婦人科は、福岡市中央区草香江にある有名な産婦人科です。

特に、お産のことはもとより、その前後のケアが行き届いている、

ということでも有名。

妊婦さんの健康が大切で、肉体的な健康、精神的な健康などのケア、

広い意味での育児支援ができる場所として考えて欲しい、

というポリシーだそうです。

東野院長の人生この1曲は、


キラー・クイーン/クイーン



ビートルズもよく聞いたけどリアルタイムではなかった。

それで特にすきだったのがTレックス。ところがそのボーカルだったマーク・

ボランが亡くなり、どうしようと考えていたとき、クイーンに出会った。

大学受験に失敗し、予備校に通っていたときの想い出だとか。

とにかく最初にクイーンのキラー・クイーンをラジオで聞いたときは、

そのハーモニーの美しさ、いままでにない良さを感じたとも。

番組タイトルの「人生この1曲」というのを選ぶのは、とても難しかったと

おっしゃいます。それほど音楽は好きで、無理に1曲選ぶとすれば、

受験勉強中によく聞いた、この曲になってしまうんだそうです。

東京の予備校の寮生活で小さなラジカセで聞いていたシーンは、

いまだにこの曲を聞くと想い出されるそうです。

2012年04月08日

福岡地所株式会社 代表取締役社長 石井 歓(かん)様<2012年4月8日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

福岡地所株式会社 代表取締役社長 石井 歓(かん)様

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福岡地所株式会社は1961年創業で去年50周年を迎えた有名な企業。

福岡を拠点として都市開発、住宅開発、オフィス・商業施設の開発・運営、

ホテル運営など幅広い事業を展開。

最近では、

2011年3月 木の葉モール橋本開業

2011年9月 キャナルシティ博多イーストビル開業、と、

ますます躍進いちじるしい会社です。

福岡の街を少しずつ造り変えていくんだ、という心意気でやって行きたい、と石井社長は言われます。

石井さん、人生この1曲は、



Dream A Little Dream Of Me/ママス&パパス




中学の頃からバンド活動をやっていた石井さん20歳頃の話。

当時は特にジャズに熱中していたのだが、学祭のときなどは、

セルジオ・メンデス、キャロル・キング、アース・ウインド&ファイヤー、

などのポップスやロック、荒井由実など日本のニューミュージックなども、

演奏していたとか。

石井さんはギターの担当だったところ「お前は耳がいいので、レコードから音を取れ」

と言われ、いわば採譜をさせられていたとか。

これはつまり、レコードを少し聞き、コードを聞き分け、メモ・・・。

それを1曲分、わかるまでやるわけです。

当時、楽譜は高いし、お金はないしで、いたし方なかったわけです。

根気とやる気と聞く耳が必要です。むかしの音楽少年たちは、

けっこうこれをやっておりました。

さて、石井さんたちは仲間が集まると、ことあるたびに

「指使いがどうの」とか「コード進行がどうの」とかいった、

技術的な話ばかりしていたそうです。

そんなある日、友人の彼女でもあったボーカル担当の女性が、

「あなたたちは音楽を楽しみたいなら、この曲を聞いて勉強する必要がある!」

といったようなことをビシッと言われ、渡されたのが、

ママス&パパスのDream A Little Dream Of Meだったと言います。

これを聞くと実にイイ。石井さん、ちょっと反省したそうです。

1954年生まれ、現在57歳の石井社長。

そのボーカルの女性は、そのとき付き合っていた友人と結婚。

いまでも家族ぐるみのお付き合いがあるそうです。


2012年04月15日

株式会社ジュウロック 代表取締役社長 三嶋隆夫 樣<2012年4月15日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、

株式会社ジュウロック 代表取締役社長 三嶋隆夫 樣


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16区(ジュウロック)といえば、福岡の人には馴染みのフランス菓子店。

福岡市中央区薬院の浄水通りから少し入ったところにあります。

ダックワーズというお菓子の名前を聞いたらわかる人が多いかも?

店がオープンして31年。いまも変わらず人気店です。

三嶋さん、人生この1曲は、


鯉のぼり/安田祥子(やすださちこ)



ふつう「鯉のぼり」というと<屋根より高いこいのぼり>という曲を思う人が

多いかもしれませんが、三嶋さんのおっしゃる鯉のぼりとは、

<いらかの波と雲の波>で始まるほうの歌のこと。

特にその曲の3番の歌詞がいいとおっしゃいます。

百瀬の滝を 登りなば たちまち竜になりぬべき 
わが身に似よや 男子と 空に踊るや 鯉のぼり

この曲は16区の入社式のときに社長が自ら歌って聴かせるのだそうです。

中国のことわざに、竜門の滝を登った鯉だけが竜になる、というのがあり、

これが登竜門の語源にもなっています。

中国では竜が一番出世した形。

だから、新人の人たちに、これからの仕事や人生には辛いこと悲しいことが、

たくさん待ち構えているが、とにかくひたすら頑張りなさい、

という意味を伝えているのだとか。

2012年04月22日

健康住宅株式会社 代表取締役社長 畑中 直様<2012年4月22日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、


健康住宅株式会社 代表取締役社長 畑中 直(すなお)様


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健康住宅株式会社は福岡市城南区別府にあり、

外断熱工法による高性能住宅、自然素材住宅の設計・施工・管理及び、

それに伴うアフターメンテナンス全般をおこなっている会社です。

畑中社長、人生この1曲は、


アントニオの歌/サリナ・ジョーンズ



現在52歳の畑中さん、いまから約30年前の大学生時代の想い出。

東京の洋風居酒屋でアルバイトをしていたそうです。

当時は、夕方アルバイト先に行き、朝5時ぐらいまで仕事。

そのあと仲間と流行のボーリング。昼ごろ下宿さきに戻り眠り、

目が覚めたら、またバイト・・・という、ご本人曰く「怠惰」な学生生活を

送っていたのだとか。

そのアルバイト先のマスターが、アントニオの歌が大好きで、始終、

店内でこの曲がかかっていたそうです。

いまでもこの曲を聞くと、胸がキュっとなるような感慨深い想いがあるそう。

というのも3人兄弟の畑中さん、ご病気だった弟さんのため、

社会福祉関係の勉強をしようと志していたのだそうです。

ところがこれがあまりにも過酷かつきつい仕事。

こんな日本の社会福祉の現実に嫌気がさし、ついていけない。

幸せにするのは弟さんだけでいい、それならお父様が経営なさっていた、

住宅会社でいいのでは、と跡をつぐことにし、帰福。

この頃のやりきれなさ、みたいなものを、畑中さんは、

この曲を聞くたびに想い出すのです。

2012年04月29日

九州電力株式会社 代表取締役社長 瓜生 道明 様<2012年4月29日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、


九州電力株式会社 代表取締役社長 瓜生 道明 様


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九州電力は、いまさら何もいうことのない九州の大企業。

瓜生道明さんは、今年4月に新しく社長になられました。

そんな瓜生さん、人生この1曲は、


いつでも夢を/橋 幸夫、吉永小百合




この曲は、昭和37年、瓜生さん中学2年生頃の話。

しかし当時からこの曲が記憶に残っていたかといえば、そうではないとか。

長く聞き継がれたこの曲。瓜生さんが高校、大学、さらに社会人へと進むにつれ、

いろんな人生の壁というかキーポイントで、救われた歌だとおっしゃいます。

瓜生さん、昭和24年生まれの63歳。

いつでも夢を、というのは自分自身が努力しないと手に入らない。

高校受験のときなど、ここで頑張らないといけない・・・

そういう風に思うきっかけになった曲だとも。

この曲は映画の主題歌。

映画は東京下町が舞台で、主人公は定時制の高校にかよっていた。

瓜生さん、大学院時代、定時制の数学の先生を経験されていた。

そのときの生徒さんは、ほとんどが九州から就職してきていて、

昼働き、夜は勉学、その大変さが教える立場でもよく理解できたそうです。

番組をとおして久しぶりにこの曲をお聞きになり、その当時の雰囲気を、

想い出されたようです。

2012年05月06日

有限会社アイティワークス 社長 画家・鶴田一郎様<2012年5月6日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、


有限会社アイティワークス 社長 画家・鶴田一郎様


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画家・鶴田一郎さんと言っても、少しわかりにくいかもしれませんが、

和風でありながらモダンな美人画。

例えば、ノエビアのCMで使用されていた切れ長の目が特徴の美人画、

といえば、おわかりになるでしょうか?

他には早川書房のSFの表紙になったり創元社推理文庫など、

数々のシチュエーションで触れることができる有名な美人の画です。


そんな鶴田さん、人生この1曲は、


イングリッシュマン・イン・ニューヨーク/スティング


熊本は天草出身の鶴田さん、高校卒業とともに東京へ行き、

30年間暮らしたそうです。

仕事に追われ、いっぴき狼的な仕事、気の合う友人もできないまま、

九州に戻ってき、今は福岡に事務所を構えていらっしゃいます。

58歳の鶴田さん。30歳ごろの話。

外でひとりで食事をするのもニガテというシャイな鶴田さん。

東京でどこか疎外感を感じながら暮らしているとき、

イングリッシュマン・イン・ニューヨークを耳にしたそうです。

その曲調が自分自身の境遇とリンクし、まるで自分のテーマ曲のようだったとか。

若い頃は気持ちがアメリカに向いていて、西海岸の曲がよかったのに、

だんだん年齢を重ねてくると、イギリス系の曲、スティングやエリック・クラプトンなどが好きになり、

当時はそれが大人になることなのかもしれない、とも感じた鶴田さんなのでした。


2012年05月13日

株式会社やまだい 代表取締役社長 山下哲生 様<2012年5月13日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、


株式会社やまだい 代表取締役社長 山下哲生 様

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株式会社やまだいとは、福岡県筑紫野市にあり、婦人服、紳士服、

子供ベビー服から作業着など、幅広く販売している会社です。

昭和49年創業で、今年で38年になります。


山下さん、人生この1曲は、


昴/谷村新司



昭和27年生まれの山下社長は今年ちょうど60歳、還暦です。

いまでも月に一度ほどカラオケに行かれているそうで、この「昴」はかならず

歌うという得意な曲。

朗々とした曲調と宇宙的な歌詞、大きな歌だと感じているとか。

歌うと気持ちが大きくなり、とても気分がよくなるともおっしゃいます。

ご自身で歌うとき気にしている歌詞の部分は「砕け散る」といったところとか

ラスト「さらば昴よ~」と締まるところ。

そんなことを考えつつ、山下社長はこれからもこの曲を歌われることでしょう。

2012年05月20日

株式会社やずや 代表取締役会長 矢頭美世子様<2012年5月20日>放送

「人生この1曲」というタイトルが表すように、

人は誰でも想い出に残る1曲があるはず。

そんな1曲を各有名企業のトップである方たちの想い出話と一緒に

みなさんにもご紹介していこう、というコーナーです。

今回のゲストは、


株式会社やずや 代表取締役会長 矢頭美世子様

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株式会社やずやとは、福岡市南区那の川にあり、

創業 昭和52年、今年37年になる会社です。


人が「豊かに生きる」ための原点は、いうまでもなく毎日の「食生活」にあります。

人は、食との付き合いに試行錯誤を重ねてきました。

やずやは、その中で現代の食生活を見つめ、足りないものを、

摂りやすい形にして提供し続けています。

一人でも多くの人が、ずっと健康でいられるための食生活に、

真剣に向き合っていくこと、

「長寿を心から喜べる社会」を実現することが、会社の願いでもあるのです。

そんなやずや会長の、人生この1曲は、


悲しき片想い/弘田三枝子


この曲は1961年、弘田三枝子が14歳のときのデビューシングルのB面に

入っていた曲。

八頭会長も、弘田三枝子と同じような世代。

歌詞にもあるように「こんな悲しい気持ち分かってもらえるかしら」

そんな気持ちだったそうです。

会長も、ちょうど恋にときめく頃の話。

しかし告白するどころか、当時は、

遠くで「いいなぁ」と眺めているばかりだったようです。

会長22歳のとき、先代であるご主人と出会い、はじめてのデート。

ご主人は、いままでにない男性だったそうです。

というのも、あの頃は、ふつう男性は女性を送る立場なのに、

先代は送ってくれなかった。

それも初めてのデートでプロポーズまでしたというのに・・・?

そんな仕打ちに会長は「がーん」というショックだったのです。

それが結果的に先代の作戦だったそうで、会長はその作戦に見事陥落。

そんな想い出も、この曲をお聞きになると思い出されるのでしょうか?

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